洋治は、どうせ存在がなくなるのなら、風の姿で家に帰ってみようと思った。海を離れると、あっという間に都内の家に着いた。家には誰もいない。
父親の勤める病院の屋上へいくと、絵里が泣いていた。
(絵里……。何でこんなところにいるんだろう……。そうだ、お母さんが病気とかいっていたな)
洋治は絵里の長い髪をゆらしたが、絵里は気づかない。絵里は涙をふくと、洗濯物をとりこんで階段をおりていった。
洋治は窓のすきまから病室に入った。ベッドにはやせて髪の毛のぬけた女の人が、体にたくさんの管をつけて横たわっていた。その傍らには白衣を着た洋治の父が立っている。
「お母さん。死なないで……。お母さんが死んだら、わたしも死ぬ!」
絵里はベッドに寄り添って号泣している。
(絵里のお母さん、そんなに悪かったのか……。昨日学校で何も言わなかったのは、お母さんのことを心配していたからだったんだな。そういえば、絵里にはお父さんも兄弟もいない。お母さんが死んだら、ひとりぼっちになってしまう)
「絵里、死んではいけない。自殺したら天国へはいけないのよ。わたしは、もうすぐ天国にいく。いつか天国で必ず会えるから……」
息も絶え絶えに母親がいった。
「いやだ、いやだ、お母さん」
「神さまが決めたことだから……。どんなに生きたいと願っても、生きられないの……。だけど、お前は生きるのよ」
絵里の母親の言葉が自分に向けていわれたように思えて、胸がずきんとした。なんとか絵里を励ましてやりたいと思ったが、風である洋治の声は絵里には届かない。
父親が病室を出ていった。あとをついていくと、誰もいない廊下で泣いていた。
「なんとか治してあげたかった‥‥。なんと無力なんだ……」
父は壁をたたいてうめくようにいった。
冷たいとばかり思っていた父親の意外な一面をみて、自分が死んだら父は悲しむのだろうと思い直した。
洋治はいたたまれなくなって病院から出ると、うんと高いところまで飛んでいった。
「いこうよ、いこうよ、どこまでも」
風の歌声が聞こえる。いつの間にか風のベルトの中に入っていた。
(しまった。ここに入ると他の風と混ざってしまうとタオがいっていた。そうなると自分の存在がなくなってしまうんだ)洋治が抜け出そうとすると、ぐいと手をつかまれた。
「僕たちと一緒にいこうよ」
「きみは僕で、僕はきみさ」
「いやだよ、僕は人間なんだよ!」
洋治が叫んだが、がっちりつかまれた手はなかなか離れない。みると、体の色が緑から黄緑に変わってきている。
「誰か助けて、ベルトからおろして!」
洋治が叫んだとき、大きな温かい手に抱きしめられていた。青い風タオが、風のベルトから救い出してくれたのだ。
「ありがとう、タオ」
「お前は、人間にもどりたいのか?」
「うん」
洋治が答えると、タオはにこっと笑った。
「そういってくれるのを待っていたんだ」
その声が聞こえたとたん、洋治は意識を失ってしまった。気がつくと、深い森の中の石の上にすわっていた。手足をさすってみた。もとの姿にもどっている。
「ああ、僕はここにいる。生きてる。生きてるんだ!」
恐ろしい獣の鳴き声が聞こえた。森はすっかり暗くなっていて、どちらの方角からここへきたのか全くわからない。戻れなくなっていることに気づき、ぞっと寒気が襲った。
ふと見上げると、青白く光る雲のようなものが洋治の頭の上に浮かんでいた。
「タオ?」
それは返事をしなかったが、木の葉を揺らしながらゆっくりと移動していく。洋治は急いであとをつけた。しばらくすると、木々の間から街の明かりがぽつぽつと見えてきた。
森を出たとたん、青白いものは見えなくなった。
「ありがとう、タオ!」
洋治が叫ぶと、風がほおをなでて吹き抜けていった。
おわり
父親の勤める病院の屋上へいくと、絵里が泣いていた。
(絵里……。何でこんなところにいるんだろう……。そうだ、お母さんが病気とかいっていたな)
洋治は絵里の長い髪をゆらしたが、絵里は気づかない。絵里は涙をふくと、洗濯物をとりこんで階段をおりていった。
洋治は窓のすきまから病室に入った。ベッドにはやせて髪の毛のぬけた女の人が、体にたくさんの管をつけて横たわっていた。その傍らには白衣を着た洋治の父が立っている。
「お母さん。死なないで……。お母さんが死んだら、わたしも死ぬ!」
絵里はベッドに寄り添って号泣している。
(絵里のお母さん、そんなに悪かったのか……。昨日学校で何も言わなかったのは、お母さんのことを心配していたからだったんだな。そういえば、絵里にはお父さんも兄弟もいない。お母さんが死んだら、ひとりぼっちになってしまう)
「絵里、死んではいけない。自殺したら天国へはいけないのよ。わたしは、もうすぐ天国にいく。いつか天国で必ず会えるから……」
息も絶え絶えに母親がいった。
「いやだ、いやだ、お母さん」
「神さまが決めたことだから……。どんなに生きたいと願っても、生きられないの……。だけど、お前は生きるのよ」
絵里の母親の言葉が自分に向けていわれたように思えて、胸がずきんとした。なんとか絵里を励ましてやりたいと思ったが、風である洋治の声は絵里には届かない。
父親が病室を出ていった。あとをついていくと、誰もいない廊下で泣いていた。
「なんとか治してあげたかった‥‥。なんと無力なんだ……」
父は壁をたたいてうめくようにいった。
冷たいとばかり思っていた父親の意外な一面をみて、自分が死んだら父は悲しむのだろうと思い直した。
洋治はいたたまれなくなって病院から出ると、うんと高いところまで飛んでいった。
「いこうよ、いこうよ、どこまでも」
風の歌声が聞こえる。いつの間にか風のベルトの中に入っていた。
(しまった。ここに入ると他の風と混ざってしまうとタオがいっていた。そうなると自分の存在がなくなってしまうんだ)洋治が抜け出そうとすると、ぐいと手をつかまれた。
「僕たちと一緒にいこうよ」
「きみは僕で、僕はきみさ」
「いやだよ、僕は人間なんだよ!」
洋治が叫んだが、がっちりつかまれた手はなかなか離れない。みると、体の色が緑から黄緑に変わってきている。
「誰か助けて、ベルトからおろして!」
洋治が叫んだとき、大きな温かい手に抱きしめられていた。青い風タオが、風のベルトから救い出してくれたのだ。
「ありがとう、タオ」
「お前は、人間にもどりたいのか?」
「うん」
洋治が答えると、タオはにこっと笑った。
「そういってくれるのを待っていたんだ」
その声が聞こえたとたん、洋治は意識を失ってしまった。気がつくと、深い森の中の石の上にすわっていた。手足をさすってみた。もとの姿にもどっている。
「ああ、僕はここにいる。生きてる。生きてるんだ!」
恐ろしい獣の鳴き声が聞こえた。森はすっかり暗くなっていて、どちらの方角からここへきたのか全くわからない。戻れなくなっていることに気づき、ぞっと寒気が襲った。
ふと見上げると、青白く光る雲のようなものが洋治の頭の上に浮かんでいた。
「タオ?」
それは返事をしなかったが、木の葉を揺らしながらゆっくりと移動していく。洋治は急いであとをつけた。しばらくすると、木々の間から街の明かりがぽつぽつと見えてきた。
森を出たとたん、青白いものは見えなくなった。
「ありがとう、タオ!」
洋治が叫ぶと、風がほおをなでて吹き抜けていった。
おわり