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生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

風の種(その2)

2007-01-11 16:26:16 | 童話
お婆さんは種を洋治の手に握らせると、ケッケッケと笑って、森の奥に姿を消した。

洋治は風の種をぼんやり眺めた。アーモンドのようでおいしそうだ。ごくりとつばを飲み込んだ。そういえば、家を出てから何も食べてない。(これから死ぬというのになぜおなかがすくんだろう……。)

洋治はお婆さんからもらった種を食べた。かむとカリカリ音がして香ばしい。さあ次は睡眠薬と思ったとき、体が風船のように軽くなり、ふわっと浮き上がった。
みると、下に自分の体があった。石の上にうつむいて座り、魂がぬけたように動かない。(えっ? まさか僕、風になったの?)

「おーい、ぼうず」
上から呼び声が聞こえた。見上げると青い雲のかたまりのような物が浮かんでいた。目と鼻と口がついていて、洋治に話しかけた。
「お前、生まれたての風だろう。おれはタオっていうんだ。よろしく」
洋治は自分の体をながめた。緑色の小さな雲のような形だ。体の大きさはタオの十分の一くらいだ。
「風って色がついていたのか……」
「オレと一緒に旅しないか」

 洋治が黙っていると、青い風の体から手のような物がにゅうっと伸びてきた。
「いこうよ。きみも手を出して」
「えっ、手なんかないよ」
「風は思いのままに姿を変えられるのさ。手を伸ばそうと思えば手が出てくるはずさ」
 洋治が手を伸ばすイメージを思い浮かべると、手が伸びてきた。タオはその手をつかんでぐんぐん上へのぼっていった。整った形の富士山がみえた。山頂に積もった雪がキラキラ光っている。点々と水たまりのような湖があり、向こうには青い海がみえた。

 タオと洋治は海の上を飛んだ。水平線が弧を描いている。何て気持ちがいいのだろう。こんなにのびのびとした気持ちになったのは久しぶりだ。
 「上をみてごらん。風のベルトだよ」
見上げると川のようなものが空に流れていた。たくさんの色がまざりあっている。
「風のベルトって?」
「いろんな風が集まって地球のまわりをぐるぐる回っているんだ。あの中に入るとほかの風と体が混ざって、自分がなくなってしまうから、絶対に近づいてはいけないよ」
 
 タオは洋治の手をつないだまま海面すれすれに飛んだ。タオと洋治が通ると、すうっと一直線に波がたっていった。
「昔、オレは神さまからの命令で海をふたつに分けたことがあるんだぜ」
タオが自慢げにいった。
「海をふたつに? モーセの話みたい」
洋治は幼稚園のころ聞いた聖書の話しを思い出した。
「そうだよ。モーセとかいう人が手を挙げていた。その間にオレは吹いて吹いて吹きまくって、海の中に道をつくったのさ」
「ええっ! タオは三千五百年も前からいたの?」
「もっとずうっと前さ。神さまが地球を造ったとき、オレのことも造ったんだ」
「神様が造ったのか……」

「神様はオレだけじゃなくてお前のことも造ったのさ。人間としてね」
「僕が人間だってこと、知ってるの?」
「ああ。神様から教えてもらったんだ。お前みたいに小さいと、大風にのみこまれてしまうんだ。だから一緒にいようと思ってね」
「のみこまれると、どうなるの?」
「お前の存在がなくなってしまう。だからオレがお前を守る」  
「僕のことは、ほおっておいて! 僕は存在を消したいんだ」

 洋治が怒ったようにいうと、タオは悲しげな顔をして手を離した。
「そうか……残念だな。……さよなら」
タオがあっけなく水平線の向こうに飛んでいってしまったので、洋治は急に寂しくなった。(あんなこといわなければよかった……) 

               つづく

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