古稀を迎えた(あるいは今年迎える)面々が、中学校の同級会をやった。終戦のとき、国民学校の2年生だったと思う。新潟県の豪雪地帯の山村で疎開してきた子と一緒に勉強した(という記憶はない、つまり、当時は勉強するという習慣がなかった)土地柄、就職口がないので、長男など、家を継ぐ人以外は都会またはその近郊に出て働き、その地に住みつき、現在に至っている。亡くなった人もいて、お互いに合えたことを喜びあった。驚いたことに予想を超えて50数人も集まった。多分、もう、これが最後の同級会だと意識したものと思われる。郷里に昔からある温泉旅館、に主として関東から、と地元で頑張っている人が中心だったが、集まった。東海地区からは私を入れて3名が参加。世間の趨勢にたがわず、ここでも女性が多かったと思う。名前のわからない人が多くて困った。実家や身内の墓参など、ついでにやりたいと思い、車ででかけた。天候に恵まれたので、妙高高原で一泊してひんやりとした高原の雰囲気を満喫できた。ついでだからと、あちこちと周り、帰宅してみると、車のメーターで3日間で978km走っていた。自分で納得した。郷里は今では超過疎地域である。
ふるさとの棚田(写真愛好家の人たちの中では結構知れわたっている)
妙高高原の風景(規模が抜群である)
ふるさとの高原風景(ブナの森が特に美しい)
お元気で活躍された方々が、今ではのんびりとゆったりとふるさとを偲んで、集まることが出来るなんて、とても素敵なことだと思います。
写真で拝見する新潟のふるさとの風景、良いですね。日本の原点のような気がします。