人と自然

人は自然の一部である
水と緑によって癒される

サロン ボランタリーハウスとオリンピック・その後

2012-08-17 | 老いの風景

 地元のコミセンで、「生き生きサロン・ボランタリーハウス」に参加してきた。今月で2回目だ。2ヶ月程前、私のところへも初めて「近隣ケア」のお役のご婦人たちが訪問、ちょっとしたお菓子などを置いていった。家内が2~3年前まで10年間?やっていたことで、市から感謝状をもらっている。ついに私も近隣ケアの人たちに見守られる立場になったんだと、ちょっぴり複雑な気持ちだった。そんなことがあったので、先月の「生き生きサロン」に次いで今月も参加となった次第。前回は市内の老人施設の代表で医学博士の先生が、老人にまつわる様々な話をしてくれました。「老人の体内の水分量は若い時の85%しかない」とは不覚にも知らなかった。今日、私にとって2回目だが、季節にちなみ?「ハワイアンバンドとダンス」だった。バンドのグループ、ダンスのグループそれぞれ別のグループだが、今日のような訪問ショウの場合はいっしょにやってるらしい。どちらのグループも、私と同じ年代と思う。男性、女性ともに(特に女性はダンスの衣装を4回?変えた)とても楽しそうに、やっている。まず、自分たちが楽しみの中心にいて、その中に周囲の人たちを巻き込むといった感じだ。年齢、スタイルともに気にせず、楽しんでいるといった風景は気持ちがいい。最後は私たち地元の参加者までも巻き込んで一緒に楽しんでしまうといったっ感じだった。
 終了後、アンコールに応えて、アンコール・ショウまでやってくれた。

 ロンドンオリンピックで連日の熱戦に燃えた日々、せっかくいい気分になったところで、サッカー韓国戦で、一挙に現実に戻された。なんということを。と、思う間もなく、竹島、尖閣島問題に火が点いてしまった。またしても無策なり、日本。いったい日本の外交はどうなってるのか。そして情けない国会議員諸氏。一体、議員一人あたり血税がどれだけつぎ込まれているか。全くわきまえていない。ここでついに「うぬまじいちゃん」かっとなってしまった。その一方で「冷静に、冷静に」と自分を鎮める力も働いているようだ。いまの日本、近隣のどこの国にも手も足も出ない弱小国になり下がってしまっている。いわゆる平和ボケだろう。戦時中に命を落とした320万人の同胞は浮かばれない。