アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

リーシーの物語

2015-03-30 21:00:01 | 
『リーシーの物語(上・下)』 スティーヴン・キング   ☆★

 いやーびっくりした。何だこのひとつも面白くない小説は。キング最愛の自作ということで前からずっと読みたいと思い続け、分厚い上下二巻のハードカバーを買おうかと何度か思ったが我慢し、ようやく文庫が出たのでさっそく買って読んでみたのだが、唖然とするほどのつまらなさだ。ハードカバーを買わなくて本当に良かった。しかしこれが最愛の自作とはなあ。

 主人公は死んだ有名作家スコットの未亡人リーシーで、亡夫の遺稿を狙う変質者が彼女を襲う。片や彼女はスコットが生前「ブーヤ・ムーン」という異世界に時々行っていたことを知っており、自分も一緒に行ったことがあり、またスコットの父親がスコットとその兄を虐待していたことを知っていた。虐待で怪我をしたスコットとその兄は「ブーヤ・ムーン」を訪れることで怪我を治していたが、一方、「ブーヤ・ムーン」に生息する怪物に殺される恐怖に怯えてもいた。で、リーシーは襲ってきた変質者を「ブーヤ・ムーン」に連れていって反撃しようとする。

 それからリーシーには精神を病んでいる姉がいて、この姉の状態がさらに悪化したので施設に入院させる、というようなサブプロットもある。また、本書の半分以上はリーシーのスコットについての回想で占められていて、スコットが父親とその虐待のことを語ったり、「ブーヤ・ムーン」のことを語ったり、あるいは自分もちょっとおかしいスコットがリーシーへのお詫びといって自分の手をズタズタに傷つけたり、という過去の出来事が綴られる。

 「ブーヤ・ムーン」というファンタジー要素と変質者襲撃というサスペンス要素の結合ということで『ローズ・マダー』を思い出した。『ローズ・マダー』も駄作だったが、全体の印象や物語としてチグハグなところ、行き当たりばったり的なところが本書と似ている。というか、サスペンス要素の割合が多い分『ローズ・マダー』の方がまだ面白い。

 ファンタジー要素の中核となっている「ブーヤ・ムーン」とは、作家がアイデアを得るための泉のようなもので、過去の文学作品やらなにやらのすべてがここに蓄積されている場所、ということらしい。いってみれば作家の頭の中にある文学的素養や芸術的素養、それによって培われた精神世界などの具象化である。スコットやリーシーは、精神を集中することでこの「ブーヤ・ムーン」と現実世界を行き来でき、怪我や病気があっという間に治ったりする一方、そこにはモンスターが棲んでいて人間を襲ったりもする。何だかよく分からない設定だ。ピンと来ない上に、描写も書割じみている。

 本書のうんざりさせるポイントその一は冗長きわまりないこと。キングはいつも冗長だが、いつにも増して冗長である。しかも全盛期キングのあのワクワクさせる効果を持つ冗長さではなく、無駄に、無目的的に冗長である。思いついたことはとりあえず全部書く、と決心しているかの如くで、たとえばストーリーと何の関係もないビールのラベルについてくどくど描写したりする。細かく細かく書き込むことによって迫力を増すのはキング独特の方法論なのだろうが、無駄に細かく書いてもダメなのだ、ということが本書を読むとよく分かる。
 
 それからプロットのいい加減さ。もうこれはトホホ状態で、キングは書きながらストーリーを考える作家だと自分でも言っているが、行き当たりばったりに書いていることがバレバレである。もうすべてにわたってそうだが、たとえばリーシーは変質者と対決する時になぜか施設に入っている姉を連れていく。姉の精神病は「ブーヤ・ムーン」のおかげで都合よく治る。といってもリーシーが「ブーヤ・ムーン」に連れていくのではなく、実はこの姉も「ブーヤ・ムーン」に移動できる超能力の持ち主だった、という驚きの展開。姉は、実は私も昔から「ブーヤ・ムーン」に行けるのよ、あなたは知らなかったでしょうけどスコットは知ってたわ、みたいなことをあとづけで言う。ははあ、そうだったんですか。だったらどうして今まで施設に入ってたの? と聞いちゃいけないんだろう。で、リーシーは正気に戻った姉をなぜか変質者との危険な対決に連れていく。理由は自分でも分からない。きっとその時になったら分かるはずよ、みたいなノリで。

 きっとその時になったら何か思いつくだろう、とキング自身思いながら書いているのである。この「行き当たりばったり方式」に自信を持っているのだろうし、うまく行く時はうまく行くのかも知れないが、本書では結果的にグシャグシャになっている。「思いついたことは何でも書く」冗長さもそうで、この強引な手法に自信を持ちすぎて、つまりは盲信して、面白くする工夫を怠っているのではないだろうか。もう後半は読むに耐えない。

 なんでこうなってしまったのかは分からない。たまたま調子が悪かったのか、エンタメでなく文芸作品を意識したからなのか。理由はともあれ、キング作品中一、二を争う大ハズレ作品である。



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