アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

11.22.63 (TVドラマ)

2016-10-01 23:50:52 | テレビ番組
『11.22.63』 製作総指揮スティーヴン・キング x J.J. エイブラムズ   ☆☆☆☆

 スティーヴン・キング原作の『11/22/63』のTVドラマがなかなか面白いと聞いて気になり、わざわざHuluの会員になって全9話を視聴した。余談だが、HuluはCriterionの映画コレクションや日本のアニメなど色々観ることができ、かなり使いでがあることを発見した。『11.22.63』を観終わったらキャンセルしようかと思っていたが、当分維持することにした。

 さて『11.22.63』だが、主演は『スパイダーマン』『127時間』『インタビュー』のジェームズ・フランコ、ヒロインのセイディーには『マップ・トゥ・ザ・スターズ』に亡霊役で出ていたサラ・ガドン、助演にボーン・シリーズのクリス・クーパー。そしてエクゼクティヴ・プロデューサーとしてスティーヴン・キングとJ.J.エイブラムズの名前が連なっている。かなりの豪華メンバーだ。なんといっても主演のジェームズ・フランコが良い。シリアスからコミカルまでこなせて、知性と人間味を併せ持った味のある役者である。タイムトラベルもののSFであり恋愛ドラマであり60年代アメリカが舞台のノスタルジックな映画でもあり、部分的には謀略ものでもありホラー的でもあるという、このカメレオン的物語にふさわしい俳優ではないだろうか。

 さて、あの長大な原作を映像化するにあたっていくつか重要な変更が加えられている。一つ目は、主人公ジェイクがJFK暗殺阻止計画を進めるにあたってビリーという協力者がいること。ビリーはタイムスリップするわけではなく60年代の人間で、ふとしたことでジェイクの計画を知り協力を申し出る。二人の協力体制にすることでプランニングの過程を観客に理解しやすくしたのだろう。小説のように思考や感情を直接描写できない映像作品では、パートナー同士の会話や議論にするのが一番わかりやすい。が、ただ説明のための方便だけでなく、ビリーはこの物語をスリリングにする上でかなり重要な役割を担わされている。特に後半、彼はジェイクの指示に従わなくなり暴走を始めるのである。

 二つ目は、プロセスの短縮。さすがにあの大長編をそのままドラマ化すると冗長ということで、ジェイクのタイムトラベル先はJFK暗殺の五年前でなく三年前になり、原作では最初に行われた「本当に過去を改変できるのか」のテスト部分、そしてリセット、やり直しの繰り返しを含む試行錯誤フェーズはなくなっている。学校の用務員ハリーの子供時代のエピソードも一緒に省略されたのかなと思っていたら、第二話でちゃんと出てきた。

 大きな変更はこの二つで、他は細かい調整はあっても大体原作に沿った展開になっている。ただし当然ながら全般に簡潔化されていて、たとえばセイディーが大けがした後復帰するまでの葛藤などの人間ドラマ部分は省略されている。従って、原作の持つあの物語の厚みは若干失われている。こういうのを見ると、やっぱり小説っていうのは長大な物語を紡ぐのに最適の媒体なのかなあ、と思う。『モンテ・クリスト伯』や『南総里見八犬伝』が果たして映像で可能だろうか。
 
 とはいえ、総合的にはかなり見ごたえのあるドラマだったと思う。原作の魅力を100パーセント引き出したとは言えないまでも、ストーリーテリングのツボは押さえている。ジェームズ・フランコは主人公として十分な魅力と存在感があるし、ヒロインのサラ・ガドンは透明感のある美貌でドラマを華やかにしている。このドラマは色々な要素がつまっているけれども最終的には恋愛ドラマなので、この二人のケミストリーが一番大事だと思うが、その点ではちゃんと成功している。最終回の、特にラストシーンの切なさにはぐっときた。ジェイクがあるパーティーに出席し、そこで年老いたセイディーを見るのだが、この場面でジェームズ・フランコの演技はとても良かった。

 それから映像化作品ならではの魅力としては60年代ファッションや風俗が緻密に再現されていることだろうが、これを満喫するにはアメリカ人でないと難しいかも知れない。オールディーズ満載の音楽も、60年代に青春を過ごしたアメリカ人の古い世代にはたまらないだろう。脇役キャラではクリス・クーパーのダイナー店主もキーパーソンだが、60年代にジェイクの上司となる校長先生、そしてその校長先生を慕うアフリカ系アメリカ人秘書の女性が良かった。

 ちなみにこのドラマでは60年代アメリカの人種差別の様子なども描かれていて、たとえばこの時代、公衆トイレも白人用と有色人種用で分かれていたことが分かる。比較的最近までまだ公然とこんな差別が行われていたのかと、日本人にとっては驚くような場面もある。それからもう一つ強く感じたのは、JFK暗殺というのがアメリカ人にとってどれほど大きなトラウマなのかということ。これもまた、日本人には完全に理解することができないアメリカ人だけが共有できるセンチメントであるに違いない。

 あえてこのドラマの難点を上げれば、やはり物語のメインのミッションだったJFK暗殺阻止の是非が最後の最後で曖昧になってしまうことで、いささか混乱を生じるという点だろうか。それから、あのイエローカード・マンの存在が今ひとつ説得力に欠ける点。ただしこれらはドラマ版だけでなく、原作も同じである。

 しかしまあ、それはあの万感胸に迫るラストシーンでほとんど帳消しになると言っておこう。ジェームズ・フランコが笑うと目尻に皺がよってくしゃっとした顔になり、それがなんとも言えずいいのだが、目に涙を浮かべながらのその笑顔と、「もう一つの人生でぼくはあなたを知っていました」というあのセリフで、心を揺り動かされないオーディエンスはいないだろう。




最新の画像もっと見る

コメントを投稿