アブソリュート・エゴ・レビュー

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白い巨塔~誤診裁判篇(その1)

2011-11-04 22:21:02 | テレビ番組
『白い巨塔 ~誤診裁判篇』   ☆☆☆☆☆

 田宮二郎ドラマ版『白い巨塔』は教授選篇を終え、いよいよ誤診裁判篇に突入。物語はますますヒートアップしていくのであった。

 映画では教授選の忙しさの中で佐々木庸平を死なせてしまったことになっていたが、たっぷり時間が取れるTVドラマでは省略の必要はない。原作通り、教授になった財前がドイツの学会に出席している間に佐々木庸平は死に、成功の栄華に酔って帰国した財前が得意の絶頂から奈落の底に突き落とされる、という展開となる。

 この誤診裁判篇の見所はもうたくさんあり過ぎて紹介するのも大変だが、まずは里見医師の存在感が教授選篇よりはるかに増していること、そしてその結果、財前と里見の対立が更なる緊張感をもって描かれていること、これが大きい。教授選篇においては、里見は基本的に財前の権力闘争を冷ややかな距離をもって眺めているだけだったが、今回は違う。当事者として財前とガチのバトルを繰り広げるのである。

 つまり、里見は自分が診察した佐々木庸平に癌の疑いを持ち、財前に回す。財前は透視の結果噴門部の癌を発見し、外科手術で癌を取り除く。この時、事前のレントゲン撮影で肺に小さな影があるのだが、財前はこれを肺炎の過去の病巣だと断じて疑わないが、里見はひょっとしたら癌の転移ではないかと考え、断層撮影を進言する。しかし自分の診断に絶対の自信を持つ財前はこれが気にくわず、相手にしない。それでも里見が食い下がると、「じゃあ撮っておくよ」と嘘をつき、実際には撮らないまま手術を行ってしまう。

 この時の里見と財前の激しいぶつかり合いは壮絶で、視聴者を釘付けにするに十分だ。傲慢に、斬って捨てるような言い方をする財前に対し、いつもは温和な里見ががんとして譲らない。「ぼくたちは今、患者の生命にかかわることを話しているんだよ!」ただ優等生的に、クールに高所から意見するのではなく、当事者として感情を高ぶらせながら、必死に食い下がるのである。この里見の熱さが視聴者の胸を打つ。そして佐々木庸平が死んでからは原告側の証人として裁判に臨むが、それは自分の研究者としてのキャリアを断念することでもあった。妻の三知代は、どうか家族のためにも原告側証人に立たないでと、泣いて頼む。彼女は決して教授夫人の座に惹かれるような俗物ではないのだが、それだけに、とてもつらい場面だ。ここまで三知代がメロメロになる場面は確か原作にもなかったと思う。こうやって里見の苦悩が大きくクローズアップされていくのも、ドラマ版ならではの醍醐味である。

 そして教授選篇のレビューでも触れたが、原作にはない、里見の助手を務める医局員の存在感も更に増している。大学の中で里見は孤立していくが、唯一彼の味方なのがこの医局員だ。繊細そうな外見に似合わず骨のある男で、陰で里見を嘲笑する財前外科の連中に食ってかかったり、気の弱さから偽証する柳原に厳しい忠告をしたりする。

 私がとりわけ感動したのは彼が里見に、大学を辞める時は自分も連れて行って下さい、と頼む場面だ。里見は「バカなことを言ってはいけない、大学を辞めるということは研究が続けられなくなるということだよ。君は残るべきだ」と告げる。その時医局員は言う。「先生は医師として、いや、人間としてどう生きるべきかをぼくに教えてくれました。先生は、ぼくの人生の師です。先生がいない大学に未練はありません」この言葉に対して里見はもはや何も答えず、ただ静かに研究結果の読み取りを続けるだけだ。私の目には涙がドバーッと溢れ出し、目の前が見えなくなる。

 そしてもちろん、裁判が財前の勝利で終わり、里見が鵜飼学長に苛酷な左遷を言い渡されるところ。これは必見の名場面である。鵜飼学長は里見に、山陰大学に行って貰うと告げる。「君も、この人事に不服はないはずだ」そこに、勝ち誇る財前がやってくる。鵜飼と財前は、無言の里見を前にして「里見君も教授に昇格だよ」「それはおめでとう」と言いたい放題。確か映画では、ここで里見は黙って去るのみだった。しかしドラマ版は違う。里見は財前に言う。「財前君、君は裁判には勝ったかも知れない。しかし君の医師としての良心は、君を許しているのか?」

 強烈な一言である。当たり前じゃないか、と怒鳴り返しながらも、財前は動揺を隠せない。さらに里見は、医療は人間の祈りと言われている、神に祈るような敬虔な気持ちで患者の生命を尊重しなければ、医療に携わることは許されないはずだ、と続ける。静かな気迫がこもった声で。ここでの里見、財前のやりとりは、この「誤診裁判篇」全体のハイライトと言っていいほど厳かな緊張感に満ちている。原作にも同じようなセリフがあったが、山本學、田宮次郎の熱演によって更に素晴らしいシーンになっていると思う。

(次回へ続く)


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