アブソリュート・エゴ・レビュー

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白い巨塔~控訴審篇

2012-01-07 21:04:33 | テレビ番組
『白い巨塔 ~控訴審篇』   ☆☆☆☆☆

 名作ドラマ『白い巨塔』もいよいよ佳境、この「控訴審篇」ですべてのドラマが完結する。いやー、素晴らしい。見ごたえあるなあ。

 この「控訴審篇」はこれまでの教授選挙、誤診裁判と一つのテーマに集中してきた第一部、第二部と違い、学術会選挙と控訴審の二本立てになっている。つまり財前は第二部から引き続き誤診裁判の控訴審を戦い、その一方で今度は学術会選挙に出馬することになる。またこの第三部では、これまであまりスポットが当たらなかった医局員の悲惨な実情も詳しく描写され、選挙の取引材料に地方に飛ばされてしまう江口医局員など、新キャラも登場する。そんなこんなで、最初から中盤にかけては焦点が絞りきれていないような散漫な印象を受ける。それに学術会選挙はどうしても最初の「教授選篇」と被ってしまい、下手すると焼き直しのような印象を受けてしまう。

 そのため、しょっぱなから怒涛のごとく視聴者をドラマの中に引きずり込んだ「誤診裁判篇」のような勢いはこの「控訴審篇」には見られず、むしろスロースタートである。

 それから佐枝子と里見の愛情問題はますますエスカレートし、これまでは佐枝子の胸中に秘められていただけだったその思いが、里見の妻の三千代まではっきり悟られるほどになる。こんな状況の中で苦しむ佐枝子と里見の姿は、いかにも昼メロ的である。やはりテレビドラマであるからにはこういう要素も必要なのかも知れないが、ちょっとどうかと思う部分もないじゃなかった。しかし佐枝子さん、あんなに清楚感溢れる美女なのに、結構積極的だなあ。

 もちろん佐枝子は人格高潔な、決して石田純一ではない里見と結ばれるわけもなく、田代というネパールにいる医師と結婚する道を選ぶ。ちなみにこの田代という人物は一度も画面に姿を現さないが、一応里見タイプの、良心に従って生きる医者ということになっている。まあ佐枝子が誰と結婚しようが勝手だからそれをどうとは思わないが、佐枝子が田代に嫁ぐと聞いて娘を心配し、その苦労を思いやって心を痛める東教授の味のある芝居は心に残った。

 さて、大学を辞めた亀山婦長が登場し、財前が肺への転移にまったく気づいていなかったことを証言できる立場にあると判明してから、ようやく物語は緊迫感を持って加速し始める。佐枝子は彼女を証言台に立たせようと説得し、財前側は阻止しようとする。紆余曲折を経て亀山婦長が証言することになってからは、これまでのまどろっこしさを吹き飛ばすかの如き怒涛の展開となる。亀山婦長に続き、悩みに悩んだ柳原がついに反乱を起こす。そして地方に飛ばされた江口医局員がとどめの「物的証拠」を提供する。

 この「物的証拠」である抄読会記録を手に財前を追い詰める関口弁護士(児玉清)の迫力は、もはや鬼神である。高圧的な口ぶりで謝罪を要求する財前に向かって「ごまかすんじゃない! はっきり質問に答えなさい!」と一喝。第二部「誤診裁判篇」からずっと涙を呑んで耐えてきた原告側の満を持した逆襲であり、しびれるようなカタルシスが視聴者を襲う。すさまじい快感だ。テレビドラマでこれほど圧倒的なカタルシスを感じたのは多分、『新必殺仕置人』の最終回以来だろう。

 それにしても、真実を告白した後の柳原医師の、あの憑き物が落ちたようなさっぱりした顔がいいなあ。それまでうじうじ苦悩する演技が実にうっとうしかっただけに、やたら印象的である。やっぱり人間、自分の気持ちに正直に生きるのが一番だ。

 そして畳み掛けるように判決、財前が病に倒れる、という展開になる。財前が癌であると分かってからはもう鬼気迫る演技を見せる田宮二郎の一人舞台となるが、この終盤がいささかあわただしいのが実に惜しい。原作では、里見がまだ新しい抗癌剤を使うことを強硬に主張し、いつも慎重な君がなぜそこまで、と大学関係者たちを驚かせる場面があり、里見がそこまで必死になり、また絶望的に財前を救おうとしていることが読者の胸を打つのだが、ドラマではその部分はカットされている。

 それから最後、財前が残す手紙の内容が変更されている。ドラマでは手紙は里見宛てになっており、またその中で財前は、自分が医学者としての道を踏み外したとはっきり書いている。また、同じことを口頭でも里見に告げている。確かにこうした方が話の座りはいいかも知れないが、ここまで信念をもって生きてきた財前がこんなことを言うとは思えないし、脚本としては感心しない。が、ここでの田宮二郎の様子があまりに凄愴であり、またその演技が圧倒的であるために、充分に感動的な場面になっている。もはや財前五郎が憑依しているとしか思えない。

 知っている人も多いと思うが、田宮二郎はこの最終回を撮影した直後に猟銃自殺しており、つまり、この最終回が放映された時にはもうこの世の人ではなかったのである。その衝撃的なニュースの直後にこの最終回を見、末期癌に冒されて病床に横たわり青ざめた顔でうわ言をいう財前五郎を目にして、異様な戦慄を覚えない視聴者はただの一人もいなかったであろうことは私が責任を持って断言する。これは財前五郎なのか、それとも田宮二郎その人なのか。この二人は果たして別人なのか、同じ一人の人間なのか。この問いに答えることのできる人間はどこにもいないだろう。役者というものの業をこれほどまでにまざまざと見せつける芝居はまたとない。

 こうして、日本のドラマ史上に燦然と輝く金字塔、田宮二郎版『白い巨塔』は幕を閉じる。この「控訴審篇」は色々と瑕疵もあるが、やはり圧倒的な重量感という他はない。全体を通して観た感想としては、色々な意味で一番出来が良いのはやはり第二部の「誤診裁判篇」であると思う。が、これはやはり、全部が一体となって一つの大傑作ドラマである。世界に誇れる文化遺産と言っても過言ではない。まだ観たことない人は大損こいてます、とだけ言っておこう。


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