アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

灰色の輝ける贈り物

2010-05-14 21:03:48 | 
『灰色の輝ける贈り物』 アリステア・マクラウド   ☆☆☆☆★

 バロウズの『デッド・ロード』に続けてこれを読んだら、あまりの落差にめまいを覚えた。違い過ぎて、とても(小説という)同じジャンルの芸術様式とは思えない。いやまったく。

 堂々たる文藝であり、文句なく傑作である。そのことに異存はない。しっかり感銘を受けたし、感動した。じゃなぜ星5個じゃないかというと、このきっちりした、「純文学」という感じが私個人の偏向した好みからちょっとだけ外れているという、それ以外の意味はない。

 自然の中で生きる人々が描かれている。職業は漁師や、炭鉱で働く人々など。そして物語は家族のあり方、世代間のギャップ、あるいは世代から世代へ受け継がれていくもの、祖先と子孫、などをめぐって展開する。生と死、そして人々の運命を支配する血、といったイメージが強烈に迫ってくる。それから物語の中で執拗に繰り返されるモチーフとして家を出て行く子供、残される老いた親、がある。

 はったりや軽薄さは微塵もない、重厚で緻密、そして誠実な作風だ。どの短篇にもしんと冴え渡ったものがある。素朴な人々と貧しさを描いているという点で『おわりの雪』に似た雰囲気があるが、児童文学的な柔らかさを持った『おわりの雪』に比べて厳しさがある。荘厳さ、と言っていいかも知れない。重い宿命感がある。そして苦い。時にはレイモンド・カーヴァーの初期短篇のような残酷なリアリズムを漂わせる。

 そんな中で表題作の『灰色の輝ける贈り物』は、大人になりつつある少年のエピソードを描いて、ストーリー自体は苦いけれどもめずらしくすがすがしい結末を迎える。『帰郷』はこの作家のオブセッションともいえる世代間のギャップを一番はっきりした形で描いた作品で、傑作だ。都会で暮らす息子夫婦が帰郷し、両親に孫の顔を見せる。妻はその土地を好まず、親の世代の生活習慣も好まない。彼らがまた都会に帰っていく時、祖父は孫に言う。お前の顔を見るのに十年かかった。もうこの後、お前に会う機会はないだろう。苦く、どこか諦念を含んだ、しかし襟を正さずにはいられない厳粛さのある、なんともいえない読後感が残る作品だ。

 『秋に』は貧乏な家族が老いた馬を売ろうとする話で、これほどまでに心を揺さぶられる短篇を久しぶりに読んだ。心を揺さぶられるとは「泣ける」とか「切ない」とか「じんとくる」とかではなく、文字通り激しく動揺させられたという意味だ。壮絶という他はない読後感である。夫婦二人が立ちつくすラストはレイモンド・カーヴァーのもっともブリスクな短篇に匹敵する荒涼感があるが、ただしどこかにかすかな癒しの予感(それはあくまで予感であって、癒しそのものではない)があるのが救いだ。

 『失われた血の塩の贈り物』は不思議な短篇だった。この主人公は一体誰だったのだろう。ひょっとして、これはリアリズム作品ではないのだろうか。基本的な設定が良く分からない。にしても、やはりしみじみと感動させられる。

 非常にトラディショナルな手法による、今どき珍しいぐらいにまっとうな文藝作品集だ。まるで雪に埋もれた大自然を前にした時のような厳粛な気持ちにさせられる。たまにはこういうのも必要だ。


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