アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

デッド・ロード

2010-05-10 21:23:00 | 
『デッド・ロード』 ウィリアム・バロウズ   ☆☆☆☆

 バロウズの80年代三部作の二つ目、『デッド・ロード』を再読。

 今回のテーマはガン・ファイト。バロウズが射撃の名人であったことは有名だが、これはその銃やガン・ファイトに関するあらゆるアイデアや哲学や思いつきや妄想を集めて小説化した作品、ということらしい。『デッド・ロード』つまりどんづまりの道、というのは確か『トルネイド・アレイ』にも出てきたフレーズで、バロウズのお気に入りみたいだ。単なるレトリックとしてのタイトルではなく、デッド・ロードという場所が小説の中にちゃんと出てくる。

 本書の主人公はキム・カーソンズ。おおむね伝記風のストーリーになっていて、特に前半はキムの幼少時代に始まり、銃に魅了され、数々の決闘で人を殺し、ガンマンとして名を上げ、やがてジョンソン・ファミリーと呼ばれる組織を作り上げる過程が描かれる。ジョンソン・ファミリーはいわゆるマフィアのようなギャング集団ではなく、独特のポリシーとプロフェッショナルな暗殺技術を特徴とする組織である。ファミリーが擁する手だれの暗殺者たちとそのスキル、奇怪な武器の数々の熱にうかされたような描写はいかにもバロウズらしく、引き込まれる。ジョンソン・ファミリーがマフィアの連中を次々と暗殺する章があるが、ならず者集団であるマフィアは、非現実的なまでに暗殺スキルに熟達したジョンソン・ファミリーにまったく歯が立たない。

 それからキム・カーソンズは伝説的なガンマンとなるが、決して早撃ちではなく、むしろ「間を取る」ことにその強さの秘密があるという部分が面白い。つまりガンマンには銃を抜いて、狙って、撃つ、このプロセスに必要な間というものがあって、ただがむしゃらに速く抜いて撃っても決して当たらない。だからキムは銃を抜いて、冷静に間を取って相手を狙い、撃つ。その姿は決闘するガンマンというより、動かない的に向かってなんとなく試し撃ちをしている人間のようにリラックスして見える。ガン・ファイトというものが実際にどういうものかは知らないが、射撃に詳しいバロウズらしい描写だと思う。

 やがてジョンソン・ファミリーと対立するビッグなボス連中が登場し、いよいよこれから一大抗争が繰り広げられるのか、と期待に胸を膨らませているとそういうことにはならず、例によってストーリーはどんどん横滑りしていく。後半キムが旅行を始めてからはガニメデや金星が出て来たり、時間が遡ったり元に戻ったりし始める。いつの間にかキムが軍務についていたりする。もちろんバロウズの小説だからして、前半部分だってキムが他の男とセックスする場面や交霊術の場面、キムが書いている小説の内容、などが定期的に挿入されて異様なムードではあるのだが、後半ますます各場面のブツ切れ度は高まっていく。そしてブツ切れになった断片の中にバロウズならではの強烈なイメージが明滅する。たとえば金星に生息するグロテスクで致命的な生物たち、ムカデに変わる小人、人間を無機物に近づけることで異常に長生きさせるドラッグ、ものすごい激痛とそれと同程度の快感で脳をショートさせ空っぽにしてしまうドラッグ、などなど。
 
 バロウズ好きなら結構愉しめる小説だと思う。結末が冒頭のエピソードに回帰するなどバロウズ本にしては珍しく小説らしい構成になっているし、キム・カーソンズが一貫して主人公であるのも読みやすい。雰囲気は『シティーズ・オブ・ザ・レッド・ナイト』と似ているが、私はこちらの方が好きだ。


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