アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

アルゴールの城にて

2005-07-24 10:27:26 | 
『アルゴールの城にて』 ジュリアン・グラック   ☆☆☆☆☆

 先週読了。『シルトの海岸』がなかなか良かったので、これも読んでみた。本作はシュルレアリスムの重要な作品と位置づけられているらしい。

 『シルトの海岸』もそうだったが、この人はとにかく文章に特徴がある。息の長い、曲がりくねった、暗喩に満ちた、婉曲で曖昧な文章である。じゃ難解で読みにくいかというとそうでもなく、一種独特のリズムがあり、そのスローなリズムに乗ると実は結構読みやすい。回りくどい、抽象的な比喩も、あまり深く考えずイメージを追うつもりで読めばよい。そのうちこの曲がりくねった長い文章が快感になってくる。麻薬的な魅力のある文章を書く作家だ。

 この下ネタばれあり。(ただ、ネタばれしたからと言って楽しめなくなる小説ではない)
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 どういうストーリーかまったく予備知識がなかったので、わりと丁寧に筋を追いながら読み始めた。なんせこういう文章なので、一旦話の経緯を見失ったらわけわからなくなってしまう恐れがあるのだ。筋は前半非常にシンプルだ。主人公のアルベールがアルゴールの城を手に入れ、森を抜けて城に到着し、そこで暮らし始める。森や城、その周りの景観や雰囲気がじっくりと描かれる。この調子でいけば、アルゴールの地所の描写やアルベールの生活習慣の説明だけで小説が終わってしまうのではないかと思ったぐらいだ。何の事件も起きなくても、なんとなくこの神秘的な雰囲気だけで小説が成り立ってしまうような、そういうマジカルな空気感を醸し出す文体なのである。
 やがて、友人のエルミニアンがハイデをいう女を連れてやってくる。ハイデはアルゴールに惹かれ、エルミニアンは取り残される。ははあ、そういう展開か、とここで思った。三角関係の愛憎から悲劇が起きるという古典的な展開だと思ったのだ。ところが唐突に事件が起きる。ハイデが血を流しながら泉に横たわっているのをアルベールが見つける。
 ここで話が分からなくなる。グラックの文章の曖昧性も大きいと思うが、私はハイデは死んでいると思った。ここの文章を読むと誰だってそう思うと思うが、どうだろう?
 とにかくハイデは死んだと思った。エルミニアンが殺して逃げたと思った。ところが次の章に進むと、ハイデは生きているようだ。混乱した。読み返すが、やっぱり死んだようだ。「死骸」という言葉もちゃんと出てくる。じゃあこのあとで出てくるのは、ハイデの亡霊か。ゴースト・ストーリーになったのか。まあそういう展開もアリだな。
 そう思って読んでいると、今度はエルミニアンが死んだ。いや、実際は死んでないのだが、またしても死んだと思ったのである。ここは良く読み返すと死んでないのが分かる。でもアルベールがその後エルミニアンが処刑される夢を見たりして、とにかく混乱する。迷宮にさまよう感じ、言語の霧の中で迷う感じである。
 最後、本当にハイデが死ぬ。じゃ今までやっぱり生きていたのか、とどうもしっくりこないでいると、最後のエルミニアンが城を立ち、追ってきた誰かに殺されるところでこの小説は終わる。

 そこで泉でハイデが発見されるくだりからもう一度じっくり読んでみた。確かに死んだとは書いていない。生きているとも書いていないのだが、何度も読み返してあれはケガだったのだなと納得できた。エルミニアンが彼女を傷つけて逃走したのである。アルベールがハイデを助け、そして逃げたエルミニアンも落馬してケガしたところを見つかる。だからその後ハイデはエルミニアンを避ける。
 話はようやく分かった。それにしても、エルミニアンがどうしてハイデを傷つけたかとか、ハイデがそのことをどう説明したかとか、そういう説明的なことは一切省略されている。とにかくこの小説では、事実関係というものがまったく重視されない。描かれるのはとにかく人物達の感情の動き、印象、雰囲気である。しかも、随分と回りくどく、間接的にである。

 しかしながら、だから欲求不満になるのではなく、逆にもの凄いインパクトを生み出している。夾雑物がないのだ。謎めいたエルンストの絵画のような美しさをたたえている。小説というのはこれでいいんだな、と思えてしまう。なんでも説明しようとしてしまう他の小説がなんか不器用に、不恰好に思えてしまう。
 しかしこれもこの人の文章のマジックがあればこそであって、当たり前の文体でこれをやったら説明不足でなんだかわけのわからない小説になってしまうだろう。内容と文体がぴったりマッチしているのである。どちらも神秘的で、謎めいている。

 それにしても、最後の殺人者は誰なのだろう。アルベールとしか考えられないが、ひょっとしたら死神とか、なんらかの超越的な裁きの手という可能性もあるだろうか? いや、やっぱりアルベールだろうな。

 訳者のあとがきに、「生への救済と死に至る劫罰とが背中合わせになった」物語という表現があるが、まさに言いえて妙である。神秘的で、残酷で、逆説的で、象徴的で、詩的だ。この小説は古典の風格をたたえている。再読するたびに奥が深くなっていく予感がする。
 
 『シルトの海岸』もまた読み返さねば。でも時間がない。

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