日本人の祖先と言えば「縄文人」と「弥生人」が必ずと言って良い程出てきますよね。
そして、「縄文人」は「狩猟」を中心とした「移動民族」で「弥生人」は「稲作」を行い「定住」していた民族であると、私が小学生の時にはそう教わりました。
しかし、近年では、「縄文人」も「定住していた」とか、「弥生人と縄文人が同じ時代に生きていた」など、私の小学生当時とは違った姿が見えてきているようです。
そんなワケで、3月15日から6月15日まで「国立科学博物館 上野本館」で開催されている「特別展 古代DNA-日本人のきた道-」を見てきました。
今まで「縄文人」と「弥生人」は「生活様式」、主に代表的なモノとしては「土器」があり、その作り方の対比や、「縄文人」は「南方系」で「弥生人」は「大陸系」だとか言われていましたが、今回の展示では、主にその「縄文時代」、「弥生時代」を生きていた人達の姿を最新のゲノム解析による、頭骨から顔つきを復元する「復顔」をし、それぞれの特徴や時代を紹介する展示となっています。
約4万年前に日本列島に「ホモサピエンス」が到達しましたが、どのような形態の人類なのかはまだ分かっておりません。しかし、沖縄県石垣島にて「2万7千年前」の人類化石が発掘されました。俗にいう「旧石器時代人」となり、最初の日本人たちになるのです。
そして、縄文時代になり、ここでは「北海道利尻島」の遺跡から発掘された「縄文人」の復顔があり、こちらも「ゲノム解析」により、眼の色に髪の色、血液型までも判明しています。そして何を主に食べていたか?もある程度は解析されているようです。
また、縄文人も南方から来た事になっているのですが、実際は「一旦北上してから、南下してきたそうなのです。
さらにこの時代の頭骨の特徴として「額に段差」があり、眼窩は四角い、下あごが眼鏡であるのが特徴だそうです。
この「頭骨」を復元した映像が流れているのですが、。その映像は「自己紹介的」になっており、それぞれの特徴が解るようになっているのです。
「弥生人」ですが、こちらはやはり「大陸部」から移動により日本へ入ってきたようですが、実はそれは1か所ではなく、南方からも、北方からも入り、「縄文人」とも交配をしていたそうです。
その為、今までのような「弥生人像」は現代では違っており、「縄文人」の特徴もありつつ「弥生人」であるのも発見されているようです。
このような「人類紹介」は「古墳時代」までさかのぼって現在の最新の知見によって、紹介され、日本人の先祖である「縄文人」「弥生人」がどのように生活していたかも、知る事ができますよ。
そんな事もあり、今回の展示では「人」が中心となっているので「土器」などはほとんど紹介がされていない珍しい形態の展示なのです。
さらに、この時代からすでに「人類のパートナー」として「犬」と「猫」がどのように日本へやってきたかも紹介されており、その中で「山犬」として剥製展示されていた個体は実は「ニホンオオカミ」だった。という「ニホンオオカミ」のはく製も登場しており、日本の犬の由来も紹介しています。
さらに「縄文人」のDNAを多く持つ「アイヌ」と、初期日本人がいた「琉球」の方々との「顔つき」やらの比較もい知る事ができますよ。
ともかく、「縄文人」と「弥生人」は現代では「単一民族」ではなく、色々な所から、旧石器時代から「縄文」「弥生」をへて、古墳時代くらいまでは「大陸」から人が多く来ていたようで、その民族とも交配し、場所により様々な「特徴」を持つ「縄文人」と「弥生人」が発見されており、一概に「こうだから縄文人である」とかが無くなってきているそうです。
なんだかそう考えると「縄文時代人」とか「弥生時代人」と呼ぶのが適切なような感じがしましたよ。
それでは、本日の登場人物は「博物館」の話題でしたので、この方。「ベルジアンタービュレン」の「Chiefille」で「人類学」の中でも「古代美術」を専攻している「ベルギー国立博物館」の「学芸員」である「リリアーヌ・コラフェイス」さんコト「リリア」さんです。「縄文人」と「弥生人」にスポットを当てた展示。近年は「弥生人」でも「縄文時代」の特徴が多くある方がいたりと、一概に縄文、弥生と決められない状態となっているとの事で…。ちなみに背景は「特別展 古代DNA-日本人のきた道-」の会場の一部なのです。
