駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

日曜日の講習会は疲れる

2019年08月26日 | 小験

   

 

 昨日は日曜日を一日潰して9時50分から17時30分までかかりつけ医の講習会を聞いた。これを受講した証明書がないと保険診療で請求できない点数があるためか全国で六千人以上の受講者があった模様だ。私は日本医師会ではなく、地元のネット中継で受講したのだが九割がた昨年と同じ内容で、睡魔との戦いだった。講義の内容は有用なものが多いのだが、何年も続けて聞いているとそれ去年も一昨年も聞いたよということになる。これは当たり前でいくら医学の進歩が著しいとは言っても新しくて重要なことは年に10%はないだろう。毎年聞いている人は二時間だけとかにしてほしいのだが、頭の固い厚労省は融通が利かないだろうな。

 禁煙の話に厚労省の役人が講師に入ったのだが、私が作った法案とか自慢話が多くて辟易した。それを抜かせば半分の時間でできる講義内容だった。ただ面白い成程と思ったのが、飲食店の禁煙などでは色々業者の抵抗があり、政治指導で柔らかい規制になったのだが、いざ法案として交付されると結構有効で禁煙箇所が増えていって、予想以上の広がりがあったということ。日本らしい。

 唯一良かった?のは、いつもは食べられない店のカレーを昼飯で食べられたことだ。外食は殆ど家内と一緒なので、自分の希望通りにはいかないことも多い。一人で食べる機会があると狙いをつけていた店に行けるのだ。

 帰ってから将棋のNHK杯録画を見たのだが、藤井七段が久保九段に逆転負けを喫していた。早指しにも強いはずなのだがNHKは鬼門のようで初戦で負けてしまう。藤井七段は同じ天才でも羽生とは印象が違う。羽生以上の戦績を残しているが、羽生の図太さはないようでちょっと気になった。

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厳しく響くかも知れないが

2019年08月25日 | 小験

        

 

 囲碁の坂井秀至八段46歳が医師になるという。思うような碁が打てなくなったからというのが理由らしいが、それにはどうも妙な感じというか違和感がある。将棋や囲碁ではたとえ全国アマ選手権で優勝しても46歳でプロになる人は居ない。将棋ではプロになるのに25歳の年齢制限がある。プロになれなかった場合を考えて、また25歳過ぎてのプロではトッププロになれないという判断があるからだ。色々な個性があるから、例外的に奨励会を退会して以降プロになった棋士も居るがごく少数だ。こうした規定に異論もあるだろうが現在まで続いているのは、それなりの妥当性というか人生の知恵があるからだと思う。

 鉄は熱いうちに打てと言われる。大きな声では言いにくいが四十過ぎて医師や看護師になった人は使いにくいと影で言われている。勿論、四十過ぎて大成できる仕事もいくつかあると思うが、医師や看護師では難しい感じがする。例外的に一人前になれても、碁でタイトルを取れるのほどにはなれないと思う。

 自分は囲碁将棋は勿論、音楽やスポーツでも特別に秀でた才能はなく、才能を生かしたプロという仕事がどういうものかはっきりとは分からないが、医師や看護師とは違うような気がする。偉そうに響くと困るのだが、病める人苦しんでいる人のために出来ることをしたいしてあげたいという気持ちがないと良い医師や看護師にはならないと思う。広い意味では自己実現かもしれないが、自分の為というのとは違う気がしている。

 坂井八段は二十年で人生を区切って自分の次の夢を追いたいと言われているようだが、果たして囲碁の才能をどう医療に生かすことができるだろう。画像診断などなら幾らか役立つだろうか。一寸意地悪な書き方をしたが、技術というものはある程度若くないと身に付きにくい。仕事には自分だけでは出来ないものも多いと思う。

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いつの日にか

2019年08月24日 | 人生

          

 

 今週は夏休み明けのせいか患者さんが多かった。夏は大体午前中三十二、三人が普通なのだが月火水木は五十人ほどの患者さんが来られた。これは冬の患者数で今の時期としては異例で頭と身体が準備できておらず草臥れた。「今日は混んでますねえ」と何度かおばさんやおばあさんに声を掛けられた。「ええ、大変です」と答えると「でも繁盛でいいじゃない」とねぎらうのとは違う返事が返ってくる。「ええ、はあ」とは答えたものの、実は三十年やってこの年齢になると患者さんが多いから嬉しいとは感じなくなる。多少余裕をもって診察できた方が、診療の質を確保しやすいし疲れないからだ。

 しかし医業はほかのサービス業と同じく?、客数(患者数)を調節制限はできない。そういうことをすると客足が遠のくとしたものだ。勿論、診療できる限界数はあるのだが、限界で頑張らないとなぜか陰りが出てくるのだ。他のサービス業も似ていると思うが、来院患者数には波があり山と谷では倍ほど違う。おおよその傾向はあるが、予想に反してというのが結構あり、患者さんも雨なので空いていると思ったのになどと言われる。「いやあ、患者さんの数は予想できないんですよ」と答えたりしている。小児科や一部の内科では予約制にしているところもあるようだが、高齢者の多い当院はまだ踏み切れていない。ただでさえ問い合わせの電話が多く事務が天手古舞なのに、「わしの予約はいつだっけ」という問い合わせや予約を忘れて受診し後回しで怒り出す患者さんなどの対応には手が余ると思うからだ。しかし今やネットの時代、近い将来携帯で予約を取れるようにすることになるだろう。午前中十二、三人の患者を診て午後は本を読んだり絵をかいたり碁を打ったり釣りに行ったりと好きなことをする理想の生活は、どうも結局は回ってこない気もする。叶わぬ希望でも、いつかはと願っている。

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ええっ、そういうことだったのか

2019年08月23日 | 政治経済

    

 

 今朝は曇っており涼しい。夏も終わる、となれば良いのだがこれからの残暑が気にかかる。九月十日まで位なら何とか我慢できるが、九月半ばを過ぎて30Cは耐え難い。地球が温かくなり、氷が解けた北極海での大型船航行が可能になりそうだ。

 相手が得するのが気に食わないトランプはグリーンランドを買い取って北極海権益を確保しようとし始めた。なぜかグリーンランドはデンマーク領で、今までは極寒の地のためエスキモーや白熊が暮らしているだけで、領土としての価値は低いと見られていた。だから値が出る前にトランプは札束を積んで買い取ろうとしたわけだ。トランプのグリーンランド購入に向けた協議を「ばかげている」と一蹴したフレデリクセン首相の発言について、トランプは米国全体を侮辱するものだと非難した。そして来月予定していたデンマーク訪問の延期を表明した。目を疑うような悪ガキ並みのトランプ大統領の発言行動にはあきれてしまう。

 しかし、そのトランプに三十五%の岩盤支持があるというから、世の中はわからないというか世の中はそういうものなのかもしれない。自分さえ得すればよい損しなければよいという考えから離れられない人が十人のうち三人は居るということなのだろうか。それを自分だけではないけれども自分は損したくない自分を優先したい程度に和らげると六、七人になると思われる。

 資本主義が席巻する21世紀の世界。その世界は実は石油石炭や原子力のエネルギーよりも強欲我慾というエネルギーで動いているらしい。トランプはその申し子に見える。しかし、勝てば官軍、ウイナーテイクスオールでうまく世界が回るか、回らないように思う。トリクルダウンで恵まれない人達におこぼれが回るはずが回っていない。それは強欲の真実を知らない人の発想だからだ。強欲の人達は零れ落ちる金貨をもかき集めるのだ。寄らば大樹でみんなが大樹によれば大樹も枯れる。そばに寄っても身内扱いはしてもらえないだろう。

 しかし、資本主義は世界を発展させうまく機能しているのではないかとトランプは吠えるかもしれない。そこにはまことに皮肉な絡繰りがあるのだ。十人に一人くらい、慾では動かない有能な人が居る。その人達が居るお陰で強欲の資本主義が何とか破綻せずに機能してきたとノーベル経済学賞受賞者が苦笑いしながら解説している。

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診察介助は看護助手に限る

2019年08月22日 | 診療

           

 

 看護師がなかなか見つからず、見つかっても難しい女性のこともあるし紹介業者経由ではべらぼうな料金なので、友人に勧められ資格不要で見つかりやすい看護助手を雇用してみた。これがなかなか良い。尤も初体験なので、ビギナーズラックかもしれない。面接で厳選したので、といっても面接は難しく外れも多いのだが、気立ての良い人だった。子育ても終わり看取りも終え、拘束される仕事がないので、勤務に融通がきくし常識がある。資格もなく指導的な立場に立ったことのないせいか、手の空いた時看護師にあれを片付けてこれを捨ててとか言われても腰が軽く喜んでやってくれる。それに半年ばかり経って私の介助をすることが楽しくなった様子もある。時々上手に合いの手を入れてくれるようになった。

 何より良いのは診察介助が最優先の仕事なのでどこかに行ってしまうことがない。看護師だと診察介助が最優先ではなく?、しばしばどこかに行ってしまう。患者に話しかけられたり、検査業務を手伝ったりいろいろあるらしい。確かに診察介助は患者の衣服を脱がすのを手伝ったり脇に立って一緒に話を聞いたりで、看護師としてはさほど重要と感じない仕事かもしれない。本当は患者と医師の会話を聞き、それをスタッフ共通認識として伝え、時に言葉を挟むのは大切な看護業務なのだが、最優先にしにくい状況もあるらしい。確かに混んでいる時は処置室で手が足りなくなっているのだろう。その点看護助手はいつもそばに居て血圧計のマンシェットを巻いてくれたり、お年寄りの移動を手伝ったりと大変助かるのだ。

 自分は少し年を取ったので腰を浮かすのが頻繁だと草臥れてしまうのだ。開業医になって足掛け三十年、最初の十年は診察介助なしで診察していたのだが、世の中が変わり患者さんが色々訴えるようになり、時には若い女性の患者さんも居るし、診察介助があった方が身体が楽なので、二十年くらい前から診察介助を付けるようになった。最初は午前中だけだったが今ではほとんど100%原則付いてもらうようにしている。そして診察介助は人生経験豊富な気立ての良い看護助手に限ると見つけた。

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