囲碁の坂井秀至八段46歳が医師になるという。思うような碁が打てなくなったからというのが理由らしいが、それにはどうも妙な感じというか違和感がある。将棋や囲碁ではたとえ全国アマ選手権で優勝しても46歳でプロになる人は居ない。将棋ではプロになるのに25歳の年齢制限がある。プロになれなかった場合を考えて、また25歳過ぎてのプロではトッププロになれないという判断があるからだ。色々な個性があるから、例外的に奨励会を退会して以降プロになった棋士も居るがごく少数だ。こうした規定に異論もあるだろうが現在まで続いているのは、それなりの妥当性というか人生の知恵があるからだと思う。
鉄は熱いうちに打てと言われる。大きな声では言いにくいが四十過ぎて医師や看護師になった人は使いにくいと影で言われている。勿論、四十過ぎて大成できる仕事もいくつかあると思うが、医師や看護師では難しい感じがする。例外的に一人前になれても、碁でタイトルを取れるのほどにはなれないと思う。
自分は囲碁将棋は勿論、音楽やスポーツでも特別に秀でた才能はなく、才能を生かしたプロという仕事がどういうものかはっきりとは分からないが、医師や看護師とは違うような気がする。偉そうに響くと困るのだが、病める人苦しんでいる人のために出来ることをしたいしてあげたいという気持ちがないと良い医師や看護師にはならないと思う。広い意味では自己実現かもしれないが、自分の為というのとは違う気がしている。
坂井八段は二十年で人生を区切って自分の次の夢を追いたいと言われているようだが、果たして囲碁の才能をどう医療に生かすことができるだろう。画像診断などなら幾らか役立つだろうか。一寸意地悪な書き方をしたが、技術というものはある程度若くないと身に付きにくい。仕事には自分だけでは出来ないものも多いと思う。
ドクターなどの超専門職に限らず、仕事というのは全部難しいものだと、私は考えています。そして、それなりに使い物になるには、かならずある年数がかかると思っています。よく、何歳からでも夢はかなえられる、という言い回しを聞きますが、仕事についてはそれは違うと思います。囲碁のプロは相当知能の高い人でしょう。今後の人生の選択にぜひ高い知能を活かしていただきたいと思います。
いつからでも夢は叶えられるというのは、希望的観測で現実には適当な時期というものがあると思います。技術を要する仕事には物覚えが良く柔軟性のある若い時でないと身に付かないものがあるのではないでしょうか。