駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

気持ちは分かるけれども

2015年07月29日 | 医療

                

 今朝は曇天でやや涼しかった。運良く電車では席に座れたので、頭痛の特集を少し読めた。たかが頭痛でも十年で学会の分類が変わる。そんなものかねと直ぐ忘れるのだが取り敢えず頭に入れた。 

 Yさんは73才、まだパートで数時間働いておられる。15年前の交通事故の後遺症で右足の上がりが僅かに制限されているが問題なく歩くことが出来、月に一度、自分でを車を運転して通院されている。

 昨日受診した時に、突然介護保険を申請したので宜しくと言われた。「えっ」と一寸驚いた顔をしたら、介護を受けなくても済むように予防するために要支援になりたい。ついては先生宜しくと頼まれる。何でも先生の意見が一番重要と聞いたと、頼めばなんとかなるような口ぶりに、どうも介護保険を誤解しておられると感じた。「あなた、呆けてもいないし一人で何でも出来るじゃない」。「今はそうだがこれから要介護にならないように支援を受けたいんですよ」。と押し返される。気持ちは分かるしそういう理屈も成り立ちそうだが、介護保険は自立して生活できない人を支援介護するためのもので、現在働けており、自分のことがきちんと自分で出来る人は対象にならないとお話しする。「そうか駄目か」と不服そうだったが、とにかくお願いしますと帰って行かれた。

 どうも要支援という判定を拡大解釈しているらしい。それと誰かに吹き込まれたか自分で閃いたか介護保険料を払っているのだから使わないと損という気持ちもあるようだ。

 欧米の感覚には疎いが、日本では損得に敏感というか損得を基準にして居られる方が結構居られる。それは収入の多寡に関係ないようで、四半世紀前、入ったばかりの医師会の会合で、その頃公表されていた長者番付のベスト二十に入ろうかというI先生がそれでは損だからなと、改定された医療費算定への対応で発言されたのに驚いたのを憶えている。

 偉そうなことを言うつもりはないが、損得感覚が世の中では意外に大きな力を持っており、それには副作用もあるようだ。

コメント
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