Yさんは93歳、身体こそ少し衰え伝い歩きだが、頭はしっかりしておられ、枕元には真新しい新刊書が置いてあったりする。太田光の小説など「こんなの駄目」。と一刀両断である。読んではいないが、きっとそうだろうと鋭い批評眼に感心する。
「この頃は目が悪くなって、本を読むのも大変になったわ」。と淋しそうである。可哀想なのは電話友達が亡くなってしまい、話し相手がいないことだ。いつも布団の端に寝ていたデブ猫も逝ってしまった。この頃は往診に行くと「死ぬのを忘れてしまった。困ったわ」。と言われる。お嬢さんと言っても前期高齢者と二人住まいなのだが、実の親子なので遠慮がなく、心安まる会話ばかりではないようだ。「ほんとに何時までも元気で、私の方が先に参りそうよ」。と半ば本音?の憎まれ口が聞かれる。
しかし、あり得ないことではなく、そんなことになると本当に悲惨なので、神も仏もあるようにというのが主治医の心境である。