三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

光市母子殺害 本村さん会見 2

2012年02月25日 | 死刑

本村洋氏の記者会見を聞いて疑問に思ったこと。
「主文を聞かれたときの思いは」という質問に、本村洋氏はこのように答えています。
「裁判官の方が、被告人が不合理な弁解を続けているということ言及されて、反省の情が見られないという判断をされたと理解しています。最高裁判所も非常に悩まれた今回の判決だったろうなというふうに思っております。18歳の少年に対して生きるチャンスを与えるべきか、どうすべきかということで、反省の情があれば私は死刑は下らなかったと思っています。しかし残念ながら、被告人には反省の情が見られないということを理由に、今回、死刑が科したということが一番重いと思っております。
今まではことさら被害者の数を基準にですね、被害者の数が3人以上だったら死刑、2人だったら無期というような機械的にされていた判例主義じゃなくて、一つの事件を見て、一つの被告をしっかり見て、反省しているのかどうなのか、社会に出て再犯しないかということをしっかり見極めた上での判決だったということで、(略)一つひとつの事案を見て、被告人を見て、悩まれた判断だったということで、それは非常によかったというふう思っております」

本村洋氏は本当に「反省の情があれば私は死刑は下らなかった」と思っているのでしょうか。
反省の情のあるなしに関係なく、一審、二審は無期懲役の判決でした。

2005年に最高裁が弁護人に弁論を開きたいと連絡した時点で、死刑になることは決まっていたと、今にしてそう思います。
死刑のハードルを下げたい、少年法を改正したい(つまり厳罰化推進)という法務省の意向があって、弁論を行うことにしたのではないでしょうか。

また本村洋氏は、判決は「社会に出て再犯しないか」ということをも見きわめていると言っています。
しかし、今回の判決文「被告人が犯行時少年であったこと,被害者らの殺害を当初から計画していたものではないこと,被告人には前科がなく,更生の可能性もないとはいえないこと,遺族に対し謝罪文と窃盗被害の弁償金等を送付したことなどの被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,被告人の刑事責任は余りにも重大であり,原判決の死刑の科刑は,当裁判所も是認せざるを得ない」とあります。
更生の可能性があると、判決では言っているのです。

1,犯行時少年であったこと
2,被害者らの殺害を当初から計画していたものではないこと
3,被告人には前科がなく,更生の可能性もないとはいえないこと
4,遺族に対し謝罪文と窃盗被害の弁償金等を送付したこと
本来、この四点は「死刑を回避するに足りる」事情になるはずだと思うのですが。
◇「なぜ死刑」分からず--本庄武・一橋大大学院准教授(刑事法)の話
 第1次上告審判決は「死刑を回避するに足りる特に酌量すべき事情が認められない」と高裁に差し戻したが、今回の判決は元少年の「特に酌量すべき事情」の有無がどう検討されたかが具体的に書かれていない。なぜ死刑になるのか分からず、肩すかしの判決だ。また補足意見は「18歳程度の精神的成熟度を判断する客観的基準はない」としたが、実質的に見て成人より精神的成熟度が劣っているかが問題であるから、この点も的外れと言える。(毎日新聞2月20日)

安田好弘氏が講演で、永山則夫第一次上告審判決と光市事件第一次上告審判決を紹介し、その違いを説明しています。
永山則夫事件と光市事件は、どちらも高裁で無期懲役の判決が出ていますが、最高裁で差し戻し、そして差し戻し審で死刑判決になっています。

永山則夫第一次上告審判決
犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない。

光市事件第一次上告審判決
犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択をするほかないものといわなければならない。

ほとんど同じなのですがが、最後がちょっと違います。
この違いが大きいそうです。
永山裁判では「死刑の選択も許されるものといわなければならない」(死刑は例外。死刑を選択しなければならない理由を検察が証明しないといけない)となっていますが、光市事件裁判は「死刑の選択をするほかないものといわなければならない」(原則死刑。死刑を回避する合理的な説明が弁護側に求められる)へと変わっています。
安田好弘氏によると、光市事件第一次上告審の差し戻し判決は裁判員制度が始まる前年であり、クギを刺したんだとのこと。
たしかに、裁判員裁判では死刑判決が続出しています。

安田好弘「私は、日本の死刑存置の最大の勢力は、世論ではなく、検察なんだと思っています。検察が政治性を持って、法務省を完全に動かしてる。彼らは、無答責、つまり政治的に責任を問われない立場にいて、法務省の官僚となって法務省全体を支配していて、強力に死刑存置の政策を遂行している。しかも、彼らに対する指令は、法務大臣ではなく、彼らのトップ、つまり検事総長にあるんですね。これがなくならない限り、検察庁と法務省を完全に分離しない限り、つまり検察官が法務省官僚になるというシステムを壊さない限り、死刑廃止は困難だと思うんです」
(「フォーラム90」Vol.115)

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11 コメント

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Unknown (Unknown)
2012-02-26 13:03:45
君、日本人?
言ってることが全く理解できないんだけどw
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Unknown (Unknown)
2012-02-26 13:06:53
日本の裁判の仕組みについて勉強しろ。
話にならない。
返信する
Unknown (アンパンマンの大いなる力)
2012-02-27 09:00:48
1,犯行時少年であったこと

少年と言っても18歳だ。
この国の法的死刑適用年齢は18歳からだ。


2,被害者らの殺害を当初から計画していたものではないこと

殺害は計画していたものではないと言っても、己の性欲を満たそうとレイプしようとしたら抵抗されたので、殺害したんですよ。
何もない所から突発的に殺害したんじゃないんですよ。
それ分かって言ってるの?


3,被告人には前科がなく,更生の可能性もないとはいえないこと

前科がない事が、何故、更正の可能性に繋がるの?
己の犯した罪に対して真剣に向き合い、真摯に反省し、遺族に対して謝罪の言葉を述べてこそ、更正の可能性があるんじゃないの?
けど、奴はそれをしなかったじゃん。


4,遺族に対し謝罪文と窃盗被害の弁償金等を送付したこと

だから?こんなの死刑回避のパフォーマンスじゃん。
法廷での奴の態度を見ると。
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コメントありがとうございます ()
2012-02-27 16:57:27
この四点は最高裁が認めていることで、なぜかと言われても困るのですが。
少年法の理念は、未成年者には保護更生を、ということですから、未成年者の刑事処分は慎重にということでしょう。
計画性の有無によって量刑が違ってきますから、計画的かどうかの判断は重要です。
前科の有無も量刑判断の材料です。
謝罪の手紙や弁償金の支払いは反省の指標となります。
おかしいと思うのなら、裁判所で聞いてください。
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Unknown (Unknown)
2012-02-27 17:46:12
殺害に計画性がないという理由で死刑回避も、
前科がないという理由で死刑回避も
差し戻し前の最高裁で破棄されました。
だから、もうこれらの理由で死刑回避を主張する事はできません。

もう少し勉強してください。
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そのなんですが ()
2012-02-28 08:24:27
今までの判例だと死刑回避の理由となったはずなのに、なぜか認められませんでした。
だからでしょう、本庄武・一橋大大学院准教授は「なぜ死刑になるのか分からず、肩すかしの判決だ」とコメントしています。
それで、最高裁は最初から「死刑のハードルを下げたい」という意向があったのでは、と書いたんですけど。
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Unknown (Unknown)
2012-02-28 09:05:20
あのね~、この国の裁判の基準であり、裁判官を拘束するのは「法律」なんだ。
「前科がないから減軽」とか「計画性がないから減軽」という法律なんてないんだよ。

その准教授は本当に専門家かね。
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専門家? ()
2012-02-28 15:56:34
たとえば殺人罪の法定刑は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役です。
どういう刑にするか、裁判官の恣意であってはなりません。
その判断材料として判例があるわけですし、前科の有無、計画性の有無、反省の有無などもそうです。
↓を見てくださいね。
http://www.fben.jp/saibanin/blog/2008/07/post_42.php
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Unknown (Unknown)
2012-02-28 17:07:55
だから、法律以外のものに拘束力はないの!

判例というのは、法律に対する解釈適用だ。

法律に基づいた意見であり、後の全ての裁判にも当てはめる事ができるもののみが判例として認められるんだ。
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いつもの流れに ()
2012-02-29 08:25:12
第一次上告審は厳罰化を促進し、死刑のハードルを下げようとした、という趣旨のことを書いたのですが。
そして永山事件に代わる新しい判例を作ったのが差し戻し控訴審でしょう。
unknownとのやりとりはいつもかみ合わないので、これでやめておきましょう。
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