三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

アレハンドロ・アメナーバル『海を飛ぶ夢』とスパゲティ状態

2005年04月25日 | 映画


アレハンドロ・アメナーバル『海を飛ぶ夢』は、初めて安楽死を正面から取り上げた映画かもしれない。
今年のベスト1候補だが、いささか困った映画でもある。

実話をもとにしている。
主人公は26年前に首の骨を折って、首から下が動かせなくなり、寝たきり。
彼は尊厳死を支援する団体に接触して、安楽死が認められるよう裁判で訴える。

そういう内容なのだが、安楽死が認められる条件の一つが「肉体的、精神的苦痛が耐え難い場合」である。
しかし、主人公がどうして安楽死を望むのか、映画を見ていてその耐え難さがよくわからない。
家族(父と兄一家)はやさしく接し、友だちもたくさんいる。
だからこそなのかもしれないが、こういう生は尊厳がないというようなことを主人公は言う。

裁判を行う過程の中で、新しい関わりが生まれ、詩集を出すという目的もある。
しかし主人公の意志は変わらない。
なぜなのだろうか。

安楽死とは結局のところ自殺である。
基本的に私は安楽死には反対ではないが、しかし安易に使われる「生の尊厳」という言葉にはうさんくささを感じてしまう。
だったら重度の身体障害者、知的障害者、あるいは認知症や植物状態の人は、人間としての尊厳がないから死んだほうがいいのかということになる。

この映画ではそういう問題には突っ込まない。
死を目の前にした人が、親しい人に別れを告げ、穏やかに死を迎える、そういう美しい話にしてある。

いい人ばかり出てくる中で、ただ一人の悪役ともいえるのが「家族の愛情がないから、安楽死を願うんだ」と言う神父である。
もっとも、この神父も同じ四肢麻痺でありながら生を選んでいる。
神父が主人公に対し、強圧的、教条的な言い方ではなく、自分はなぜ生を選んだのかを語ったならば、物語にもっと深みが出たように思う。

いささか驚いたのは、私はスペインはカトリック教徒が多い国だから、キリスト教や神父に対する畏敬の念が強いのかと思っていた。
ところが、この神父に対する扱い、あるいは主人公が「死んだら終わりだ。死後の生はない」と言うのを見ると、スペインでも宗教離れが進んでいるのだろうか。
安楽死(すなわち自殺)についてもそうで、安楽死を認めない人が多いのかと思っていたら、尊厳死を認める人が68%もいるというセリフには驚いた。

もう一つ、映画の字幕では、安楽死と尊厳死という言葉の両方が使われていた。
二つの言葉は意味が違うからきちんと使い分けるべきだが、どうもごっちゃにされていたように感じる。

私はNHK取材班『安楽死』と『脳死移植』を読み、尊厳死についての考えが変わった。
そして、森津純子という、ホスピスに関わっている女医さんの話を聞いて、尊厳死にうさん臭さを感じるようになった。

森津純子氏はいつも一番でなくてはいけない思っていて、一生懸命勉強して中学高校は一番を守り、国立大学の医学部に入ったそうだが、医師になって最初に驚いたのが、チューブをつけている患者が多いことだと話していた。
それでホスピスに関心を持つようになったというが、そりゃ、初めてチューブを身体中につけた、いわゆるスパゲティ状態の患者を見たら、げげげっとは思う。

救命維持装置につながれて、管いっぱいつけられとるのがマカロニ症候群、スパゲティ症候群である。
スパゲティ状態の人を見て、これでは尊厳がない、こうまでして無理矢理生かすよりはというので、尊厳死が主張されるわけだ。
だけども、スパゲティ状態になることがどうしていけないのか。

私の叔父は胃ガンが見つかったときは手遅れで、半年後に亡くなった。
食べられないので栄養補給のための点滴、痛み止めのモルヒネ、腹水を出すためのチューブ、小便のチューブ、酸素マスクをしていた。
他にもつけていたかもしれない。
この何本もあるチューブを一本でも取ってしまえば、叔父は苦しみながら死ななくてはいけない。
患者が苦痛を感じないようにするためには、スパゲティ状態もやむを得ない。

聞いた話だが、死を間近にした患者の家族に、医者が「どうしますか」と聞き、「お願いします」と家族が言う。
そういう阿吽の呼吸みたいなもので、安楽死(という殺人)が行われているそうだ。
この話が本当かどうかは知らないが、家族が早く楽にしてやってくださいと医師に頼み、医師が手を下す事件がある。
しかし、かわいそうだからとか、尊厳性がないとか言うのは、生者の無知と傲慢、そして勝手な思い込みである。

(追記)
森津純子氏はスピリチュアルの世界に行ってしまったそうです。
さもありなんです。

尊厳死については他にも書いています。
http://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%B9%E2%C9%F4
http://blog.goo.ne.jp/a1214/e/32925bfe43e9c7954be39adf78bd89e3
http://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%C5%B5%CE%E9
http://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%C2%BA%B8%B7%BB%E0

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2 コメント

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安楽死と尊厳死 (新宿です)
2005-04-28 09:11:58
こっちもブログへのコメントありがとうございます。

漠然と彼の主張に違和感を感じていたのですが、言われてみればそのとおりで、この映画は安楽死と尊厳死をごっちゃにしてます。



彼は尊厳がないから死にたいと言ってますけど、家族愛や友人知人の厚い支援を思えば、それはわががまというもので、まだ安楽死したいという方が筋が通ってると思いますね。



返信する
尊厳死 ()
2005-04-28 21:42:25
私は以前は安楽死(自殺)には反対で、尊厳死(医療放棄)には賛成でした。

だけども今は違います。

そのあたりのことはHPに書きました。

http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/honnosyoukai.html

よろしければお読みください。
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