三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

校條剛『ザ・流行作家』1

2013年11月01日 | 

昔読んだ文庫本の解説に、大衆小説は作者の死とともに忘れられていく、例外は中里介山『大菩薩峠』と山本周五郎だ、とあった。
吉川英治はどうなんだ、ということはさておき、校條剛『ザ・流行作家』を読んでそのことを思い出した。

2012年、校條剛氏は講師を務めている日本大学芸術学部文芸学科の受講生62人に、戦前戦後の流行作家30人の知名度を調査した。
笹沢左保の名前を知っていたのは2人、川上宗薫は5人だけ。
他の流行作家はどんな人たちか、知名度はどうなのか知りたいけど、『ザ・流行作家』には書いていない。

校條剛氏は1973年に新潮社に入社、「小説新潮」の編集部に入る。

川上宗薫の担当になったのは1980~1985年、笹沢左保の担当は1973~1993年。

いつのことかわからないが、川上宗薫と笹沢左保の最盛期の原稿料は一枚4千円~5千円だったそうだ。

1985年当時、川上宗薫の原稿料は一枚7千円ぐらいだともあり、1998年の笹沢左保の原稿料は9500円。

川上宗薫と笹沢左保は毎月千枚の原稿を書いていたという。
笹沢左保は原稿の直しをしなかったそうだが、毎日30枚以上の原稿を何も考えずに書き写すだけでも大変なのに、アイデア、プロットを考え、資料読みをしなくてはいけないのだから、よくもまあそんなに書けたものである。

で、原稿一枚4千円で、千枚書いたとして月に4百万円、年間で4800万円。

校條剛氏の初任給は6万数千円で、平均よりはいい給料だったというから、今なら4倍ぐらいか。
となると、原稿料は一枚1万6千円~2万円で、年収2億円弱となる。
すごい金額のように思うが、雑誌や新聞に書くマガジンライターは原稿料だけが収入なので、原稿の依頼がないとたちまち収入がなくなる。
そこが本を売った印税が入るブックライターとの違いで、マガジンライターは自転車操業なのである。

1982年ごろ、角川文庫は初版10万部を保証していた。

一冊300円とすると、10万部の印税は300万円である。

川上宗薫や笹沢左保も本を何冊も出しているが、あまり売れなかった。

川上宗薫が新潮社から出した本は多くて初版1万部、すべて初版止まり。
宇能鴻一はもっと売れている。
『ためいき』初版3万部、15刷11万6000部。
『わななき』初版3万部、9刷7万3000部。
『すすりなき』初版3万部、初版止まり。

私は中学生の時に川上宗薫の名前を知り、本を買いたかったが、立ち読みする度胸すらなかったものでした。

オジサンになってから、ふと川上宗薫を思いだして、図書館で二、三冊借りて読んだが、欲情をそそるエロ小説とは思えなかった。
「読者は正直である。宇能鴻一は、本になっても買うが、川上宗薫の本には魅力を感じなかったのである」との校條剛氏の指摘はもっともである。

笹沢左保にしても、「木枯し紋次郎」シリーズはテレビでブームになったのに、本はあまり売れていないそうだ。

最初の「紋次郎」本である『赦免花は散った』(講談社刊)は、初版6千部、7刷6万6千部、実売4万部で、4割返品だった。
「紋次郎本の初版部数は、とうとう一万部を超えることがなかったどころか、唯一の長編の『奥州路・七日の疾走』はたったの四千部であった」
「紋次郎」本は講談社文庫には入らず、他の文庫で発売されている。

それに対して、池波正太郎「鬼平犯科帳」シリーズの部数は、第1巻~第24巻の総計で約2千万部。

「剣客商売」シリーズは19冊のうち、ミリオン超えが3冊、一番部数が少ないものも56万部で、総計は1500万部。
「紋次郎」光文社文庫版全15巻は累計部数が53万3千部で、「剣客商売」一冊にも及ばない。
「木枯らし紋次郎」シリーズに比べて、池波作品の人気は高く、今でも本が売れているのはなぜか。

校條剛氏は次のように説明する。

剣客商売シリーズでは常連が顔を出すし、同じ人物が別の回に登場して、読者に「あの人」と思い出させようとする。
紋次郎シリーズでは、話の舞台は回ごとに変わり、紋次郎以外の登場人物も入れ替わる。
剣客商売シリーズは、脇役の描き方にも深みがあり、人生や人物の味わいを出そうとしている。
紋次郎シリーズでは、ドンデン返しに目的があるので、脇役が無個性で、造形が甘い。

だけど、紋次郎シリーズにかぎらず、私が読んだ笹沢左保の小説はどの作品もおもしろかったように思うのだけれども。
一番印象が強いのは「少年マガジン」の芳谷圭児『六本木心中』です。

(追記)
『文学賞メッタ斬り!』(2004年刊)で、大森望氏はこう語っている。

乱歩賞作品は確実に売れる。ちょっと話題になると、だいたい五万部以上は出るみたいですね。新人の本としては破格の部数ですよ。少数の人気作家を別にすると、エンターテインメント系の四六判単行本って、今はふつう初刷六千部から八千部くらい、それで返品率五割とかも珍しくない。

1600円の本が3千部売れたとして、印税代は50万円弱。
ブックライターも大変なわけです。

(さらに追記) 『文学賞メッタ斬り! ファイナル』によると、北野勇作氏の奥さんが『年収150万円一家』という本を出していて、作家の夫とイラストレーターの妻との二人の年収が150万円。
大森望氏の話

年に一冊か二冊、書き下ろしで小説出してるふつうの作家の収入って、誰でもそんなもんなんですよ。純文だって、赤字の文芸誌が払ってる過大な原稿料や、対談とか座談会、講演会とかのいろんな副収入がなくなって、本の印税だけで暮らしなさいって言われたら、みんなその程度の収入のはずなんですよ。

兼業しないと食えないそうです。

コメント
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