角川文庫の『倒錯の森』(鈴木武樹訳1970年刊)を何十年ぶりかで再読しました。
意味がわからない文章があちこちにあり、どういう意味なのにか知るために、「ブルー・メロディ」(『倒錯の森』所収)の訳を、渥美昭夫訳(『サリンジャー選集3』荒地出版社1968年刊)で読み比べました。
鈴木「その師団を指揮するのは、わたしが偶然、知ったところでは、ある准将で、彼は、司令車に乗るときはたいてい、《ルーガー》のピストルとカメラマンとをそれぞれ両脇に控えさせているとのことだった」
渥美「偶然に知ったことだが、その師団はある准将の指揮下にあり、その准将というのが司令官専用自動車にのるときは、きまってドイツ製のピストルと写真部員とを彼の両脇にしたがえているとのことだった」
鈴木「そのあとには、数年の期間にわたって、一連の、まったくよく当たった叢書が続くわけだが、これらはいずれも、まったく読めない教科書ばかりで―今日でも、きわめて広範囲に―『よくできるアメリカの高校生のための知識叢書』として知られているものである」
渥美「その後、数年間にわたって、とても読むに堪えないのだが実によく売れた教科書のシリーズが続々刊行された。それらは今日でもなお「米国高校生用高等百科シリーズ」として、あまりにもよく知られているものである」(ラドフォードの父親の出版社が出している本のこと)
鈴木「ラドフォドの少年時代には、大切な脚注が二つ、付いていた。それは彼の父親の本には載っていなかったが、いずれもずいぶん近しいもので、いったん事が起これば、たちまち、ちょっとした意味を一つ、持つようになるのだった」
渥美「ラドフォードの少年時代には二つの重要な注釈を加えなければならない。それらは父の本にはのっていなかったが、いざというときにすぐ頭にうかぶほど身近な意味をもつものであった」
鈴木「彼が彼女について気づいていたことといえば、だいたい、彼女は書き取り会ではいつもいちばん先に外に出される、ということくらいのものだった」
渥美「彼はその子にあまり注意をはらわなかった。ただ、綴り字(スペリング)競争では彼女がいつも真っ先に落伍するということに気がついていただけだった」(ペギーについて)
鈴木「彼は日が暮れたあとのブラック・チャールズの店には付きものの、あの騒音と煙と跳躍とにはあずかれなかったが、午後には午後で、同じくらい、あるいはもっと嬉しいものがあった」
渥美「日が暮れると、彼はブラック・チャールズの店の騒音やけむりや踊りをなつかしく思った。しかし彼は午後のあいだにそれと同じか、あるいはもっといいものを手に入れたのである」
鈴木「そのあと、うちへ歩いて帰るときのその歩きぶりが―口はきかず、ただときおり、石かブリキの罐を蹴とばしたり、あるいは、葉巻きの吸い殻をつくづくと踵で二つに切ったりするだけなのだ。彼女はおあつらえむきな女の子だったのである」
渥美「その後で歩いて家へ帰る道すがら、彼女が話しもしないで時々、石ころや空きかんを蹴とばしたり、靴のかかとでタバコのすいがらを二つに切ったりするのも好きだった。要するに彼女は申し分がなかった」
鈴木「ラドフォドとペギィはまた歩きはじめた。考えこんだ様子で、永遠の変貌をとげて。この午後は、その後どうなったかはわからなかったが、いまでは永久に、赤・金まだらの木を一本と、消防夫の帽子をひとつと、とび方をほんとうに知っている猫を一匹、含むことになったのだ」
渥美「ラドフォードとペギーは先へ歩きつづけたが、すっかり考えこんでしまい、以前とはちがった気分になっていた。つかのまの出来事ではあったが、この猫のおかげで、この日の午後はなにか永遠のものとなった。―赤と金色の木。消防夫の帽子。ほんとうに上手に跳ぶことのできる猫」
鈴木「ブラック・チャールズは、おもわず見とれるようなナイフで、すてきな様子をした箱の紐をみな切った。ペギィは冷たい豚のあばらの専門家だった」
渥美「ブラック・チャールズはすばらしいものの入っていそうな箱のひもを、見ていて気持のいいようにナイフで片はしから切って行った。ペギーは冷たい豚の肋肉(スペアリブ)ばかり食べていた」
鈴木「カジノをしはじめた」
渥美「トランプをはじめた」
鈴木「虫垂突起だよ」
渥美「盲腸だ」
鈴木「ジョウンズ夫人は車まで行く途中でこの荷物のはしを下に落としてしまった」
渥美「ジョーンズ夫人は自動車まで運ぶ途中で、かかえていたリーダの足を落としてしまった」(腹痛に苦しむリータを運ぶ場面)
鈴木「白いアヒル服を着た付添い人で」
渥美「ズックの洋服をきた看護人だった」
おそらく、サリンジャーの文章は長く、しかもこみ入ってて、翻訳しにくいと思います。
鈴木武樹訳と渥美昭夫訳のどっちがより正しいのか、英語がさっぱりの私にはわかりませんが、渥美昭夫訳は何が書かれているかわかります。
逐語訳と意訳とどちらがいいかは難しい問題で、以前は外国小説を大学の先生が訳翻訳することが多く、堅苦しい直訳がありました。
鈴木武樹訳はその典型かもしれません。
ユーモア作家ジェイムズ・サーバーの『虹をつかむ男』はどうも笑えなかったのですが、これも鈴木武樹さんの訳でした。
『フラニーとズーイ』も鈴木武樹訳で読みましたが、つまらなかった記憶があります。
村上春樹訳と比較したら面白そうですが、面倒なのでやめときましょう。
奥泉光『雪の階』は、20歳の華族令嬢をめぐるミステリー風味の小説。
舞台は1935年。
漢字にふりがながついてて、それが時代を感じさせて楽しい。
・見事(エレガント)だと思うもの
液汁 ジュース
旨汁 スープ
食後菓子 デザート
洋急須 ポット
油漬鮪 ツナ
仮膠 ニス
双子寝台部屋 ツインルーム(シングルルームやダブルベッドならどういう漢字を使ったか)
・どうかなと思うもの
上下衣 スーツ
つなぎ服 ワンピース
二輪車 リヤカー
内袋 ポケット
張出床 テラス
張り出し ベランダ・バルコニー
綴り切り ペーパーナイフ
・何気なく使っている外来語の意味を教えられる言葉
初登場 デビュー
二人組 コンビ
囲み欄 コラム
結婚申込 プロポーズ
無料 サービス
容積 サイズ
行動予定 スケジュール
素朴 シンプル
告知 アナウンス
運搬車両 トラック
荷台車 トラック
札貼り レッテル
曲線 カーブ
凸曲線 アーチ
弧状 アーチ
絵宣伝 ポスター
大衆伝達 マスコミュニケーション
良い時宜 ナイスタイミング(冗談?)
・「ふりがな文庫」にあるルビ(カッコ内はふりがな文庫にある他のルビ)
https://furigana.info/
装飾灯 シャンデリア
緞帳 カーテン
姿勢 ポーズ
洋筆 ペン
洋墨 インク
洋袴 ズボン
胴着 チョッキ
胴衣 ブラウス
茶碗 カップ
洋杯・洋盃 コップ
硝子盃 グラス(コップ)
前掛 エプロン(ジャケット・チョッキ)
襟巻 スカーフ(ショール、マフラー)
箱棚 ロッカー(ケース)
『雪の階』にはカタカナの言葉も使われています。
サラダ、バタ、ピアノ、サロン、ギター、マヨネーズ、パセリ、サンドイッチ、リズム、シャツ(袢となっていることもある)、スカート、ヘアピン、スエーターなど。
アイスクリームは氷菓子、ダンスホールは舞踏場、ミルクは牛乳、セーラー服は水兵服、バスケットは籠でいいと思うのですが。
ロックダウン、オーバーシュート、クラスター、ソーシャルディスタンシング、テレワークといった耳慣れないカタカナ語も、日本語のルビがあればいいのに。
田原牧『ジャスミンの残り香』によると、イスラーム主流派とされるスンニ派は四大法学派に代表される伝統主義とサラフィーアに大別できます。
伝統主義というのは、著名なイスラム法学者による教義の解釈を権威あるものとして認め、それを伝承していく潮流。
サラフィーアは、そうした伝統主義が初期のイスラーム精神を歪曲させたとみなし、教団そのものといえるイスラーム共同体(ウンマ)が成立した当時の預言者ムハンマドと教友(サラフ)の純粋な精神の回復を目指している。
サラフィーアも3通りの傾向があり、その一つが民族や国境とは無縁だったウンマを早期に回復するためにイスラーム圏での近代国境を廃止し、共同体の歴史的な運営方法であるカリフ制を再興させようという勢力である。
サラフィー・ジハード主義者はこの集団で、ジハード、つまり武装闘争も辞さない。
イスラーム主義とはイスラーム法の完全な施行を志向する政治運動である。
もっとも、ムスリムが皆、イスラーム主義者というわけではなく、そこに身を投じる人は限られている。
イスラーム法にあるタクフィール(背教宣告)の濫用がなされるようになった。
イスラームでは背教は死罪である。
独裁者を打倒するため、タクフィールの論理を活用してきたジハード主義者は、タクフィールの対象を「不信仰な為政者を黙認している者」にまで広げ、さらには「自分たちに服従しないすべての者」にまで拡大解釈した。
つまり、一般信徒である民衆までをもタクフィールの対象にした。
民衆にも牙を向けていくこうした運動の過激化は、イスラーム主義に限った現象ではない。
カンボジアのクメール・ルージュ(ポル・ポト派)やペルーのセンデロ・ルミノソもよく似ている。
PFLP(パレスチナ解放人民戦線)に属する人が田原牧さんに、「同僚にハマスのメンバーたちがいるのだが、彼らとはまったく話にならない。自分たちに異論を唱える人間は背教徒だから、聞く耳を持たないという姿勢に徹している。彼らは身内しか信じない」と話しています。
スンニ派のサラフィー・ジハード主義者にとって、シーア派は教義からの逸脱者であり、その法学者や宣教者は処刑の対象になる。
シーア派はスンニ派に対して、そこまでの敵愾心は抱かない。
単に自分たちよりも劣る、敬虔ではないムスリムという捉え方しかしない。
シーア派がスンニ派のジハード主義者と戦闘をするのは、シーア派の崇める聖廟を偶像崇拝の象徴とみなし、破壊するからだ。
アラブ諸国の内戦は、世俗派とイスラム主義武闘派の抗争もある。
サラフィー・ジハード主義者に限らず、イスラーム主義者は自らの解放をアッラーフ(神)への完全な服従によって果たそうとする。
それにはイスラーム法によって秩序づけられた共同体で、その規範に従って生きることが前提になる。
ところが、そうした世界は地球上には現存していないから、そうした共同体の創出のために政治権力を握らなくてはならないと考える。
行き着くところは権力を奪取するという革命思想である。
ところが、革命青年たちが革命権力ですら必ず腐敗すると感じていた。
来るべき理想の社会はなくてもいい。
大切なことは、目の前にある支配権力に対する不服従である。
つまり、生き方の問題だった。
池内恵『シーア派とスンニ派』が指摘しているように、スンニ派とシーア派、親米と反米、サウジアラビアとイランといった単純な二分法は間違っていることがわかってきました。
たとえばイエメンでは、サウジアラビアが支援する暫定政権、アラブ首長国連邦の後押しを受ける南部暫定評議会、親イラン武装組織フーシ派との三つどもえの状態だそうです。
https://mainichi.jp/articles/20200516/k00/00m/030/166000c
田原牧さんがイスラーム教に改宗しない理由。
イスラームは神という絶対的な他への完全なる服従によって、我執からの解放、すなわち絶対的な自由を獲得しようとする思想である。
そのための環境として、イスラーム主義者は初期のウンマの復興を夢想する。
しかし、預言者やサラフがいない現在、平凡な人間たちの手に委ねられるしかない。
作業には信徒の集団が必要となる。
しかし他(神)への絶対服従は、集団内部に他(神)の啓示を解釈する権威を創り、他(神)に服従しない異物の排除、さらには啓示を解釈する権威ある人間からの承認願望を生み出す。
これは我執からの解放とは真逆な性格を帯びてしまう。
田原牧さんの指摘はイスラームだけの問題ではありません。
池内恵『シーア派とスンニ派』によると、イスラム世界がシーア派とスンニ派とに単純に二分されているわけではありません。
全世界のイスラーム教徒の約1割か1割5分程度がシーア派と言われている。
中東だけに限れば、シーア派の割合はもっと高くなる。
シーア派の中にも複数の宗派があり、便宜的に「シーア派」と位置づけられているだけで、シーア派の異なる分派の間には宗教的なつながりが乏しく、関係が薄い宗派もある。
シリアのアサド政権の中枢はアラウィー派が多くを占める。
アラウィー派は便宜的にシーア派の一派と認定されているが、イランで支配的な十二イマーム派とは教義や制度はかけ離れている。
キリスト教やその他の宗教と混淆したアラウィー派を、形式上かろうじてイスラーム教の一部と認めるために、政治判断でシーア派と認めるようになった。
シリアの宗主国フランスと結びついて権力に近づいたアラウィー派は、教義の上で大きく異なる十二イマーム派のイランと政治・戦略的な利益で結びついている。
スンニ派だからといって結束するとも言えない。
サウジアラビアやUAEとカタールとの間で争いが繰り広げられている。
スンニ派が多数を占めるトルコはカタールと関係を深めるとともに、イランとも友好関係を保っている。
教義は紛争の原因とは言えず、シーア派とスンニ派で国際的な陣営画然と分けられているわけでもない。
宗派が異なる集団が常に紛争してきたわけではないし、同じ宗派だからといって、常に政治的にまとまっているということでもない。
宗派対立が不可避であるとは言えないし、歴史的に対立が永続してきたとも言えない。
宗派が同じであれば結束できるということではないし、宗派が異なっていても条件次第で共存は可能な場合もあった。
中東では、宗派が人々の社会関係を規定している面がかなりあり、政治が宗派の対立を演出し、宗派への帰属意識の絆を利用し、相互の敵対意識を煽ることがある。
そのゆえに、それを用いて有効に政治的な動員を行うことができるからである。
中東の社会を見れば、イスラーム教徒であれ、キリスト教徒であれ、それぞれの宗派が、それぞれの法と規範と慣習で結ばれたコミュニティ(宗派)の集団を形作っており、結合し結束を固めるコミュニティと別のコミュニティの間で、時に対立・紛争が持ち上がる。
「宗派コミュニティ」の対立が生じているのであり、対立の争点は政治的・戦略的なものであったり、経済的なものだったりする。
だから、政治経済あるいは戦略的環境の変化によって、宗派対立の敵味方はしばしば組み替えられ、連合も組み替えられる。
スンニ派とシーア派の違いを池内恵さんはこのように説明します。
後継者を選ぶ際の基準は「正統性」と「実効性」の2つである。
正統性とは、何らかの理由でその人が後継者になるにふさわしいと多くが認める属性、たとえば高貴な血統や秀でた能力を有していることである。
しかし、ムハンマドは最後の預言者であり、ムハンマドの後には預言者は遣わされないため、ムハンマドと同等の後継者は生まれにくい。
実力とは、教団を実際に支配する実権を掌握している者が後を継ぐという意味である。
血統は、実力を伴っていなくとも、創設者の血を引く人物に権力を継承する根拠があると認められることである。
政治的な主流派のスンニ派は、ムハンマドの死後に行われた実効支配の力を持つ有力者への権力継承を正統と認める。
権力継承の過程の大部分を否定する反主流派の政治的立場が元になっているシーア派は、ムハンマドの直系の血統への権力の継承の正統性を信じている。
シーア派はあるべきだった統治を思い描き、不当な現世の権力を呪い、自らの境遇を嘆く。
しかし、「虐げられた民」としての自己認識は優越感・正統意識に基づいており、「不義の現世の支配者によって不当に虐げられた民」という自己認識は、「神によって選ばれた無謬の指導者に従い来世によって褒賞を受ける民」という自信と確信に裏打ちされている。
イランのイスラーム革命の持つ意味を池内恵さんは3つあげており、3番目が「スンニ派優位の中東でシーア派が権力を掌握」ということです。
イラン革命の当初は、中東各地で肯定的に受け止められた。
しかし、権力から疎外された「弱者」「虐げられた民」としてのシーア派の信徒が、統治の実権を掌握し、自らの掲げる理念を実現する政治勢力となり、「強者」の側に転じることで、スンニ派優位が定着していたアラブ諸国を揺さぶることになる。
レバノンやイラクでスンニ派支配層の下で二等市民のような扱いを受けていたシーア派が、イラン革命に勇気づけられ、統治に参与する権利や権力を求めて活性化した。
サウジアラビアやバーレーンなどでもシーア派の権利意識が強まり、結束して政治的要求を支配者に突きつけていく。
アラブ諸国の政権にとって、イラン革命は反体制勢力に革命理念とモデルを与える脅威だけでなく、模倣する動きがアラブ諸国のシーア派の中に現れた時、イラン革命が及ぼす影響を各国の支配勢力が恐れるようになり、宗派間の対立の深まりにつながっていった。
イランが地域大国として台頭し、サウジアラビアとイランは、それぞれの政治的・戦略的な思惑から、中東の様々な国や勢力に介入し、配下に置き、同盟する。
サウジアラビアは、イランとの覇権競争を有利に導くために、シーア派とスンニ派の宗派対立をことさらに強調し、時には煽動した。
宗派のつながりが強調され、利用されることで、国内の分裂と国境を越えた結びつきの両方を引き起こし、内戦と地域紛争の核となった。
反体制運動と統治権力との紛争は宗派対立に転化し、その背後にいるとされるイランとの国際紛争として拡大していった。
もう一つ、中東に宗派対立を解き放ったのはイラク戦争だった。
イラン革命以来、イランがアメリカの中東における主要な敵国だったため、フセイン政権の打倒は棚上げされた。
ところが、湾岸戦争以来、アメリカはイランとイラクを敵にするという苦しい状況に追い込まれた。
アメリカがフセイン政権の打倒へと舵を切り、イラクにシーア派主導の政権の設立を許したことは、中東におけるアメリカの同盟国の目算を狂わせた。
イラクで多数を占めるシーア派がイラクの新体制の権力を握ることで、宗派対立が勃発し、イランの影響が強まった。
イラク政府はスンニ派主体の地域に不利な政策を行い、スンニ派主体の地域はそれへの反発から、反体制組織を養うようになる。
それを政府が弾圧し、住民が中央政府への憎しみを募らせていく。
こうして悪循環のサイクルが回り始めた。
アラブの春も各地で宗派対立に変質した。
人々を結びつけ、かつ分断させるために最も有効だったのが、スンニ派の規範適用を主張するイスラーム主義の組織であり、異なる宗派との対抗意識や脅威認識で結集するコミュニティだった。
アラブの春の影響を受けて反体制運動がペルシア湾岸にも広がると、バーレーンとサウジアラビアは問題を宗派主義化し、問題は民主化でも権利要求でもなく、シーア派の教説に基づく反体制運動であり、イランに内通しているという宣伝を行なった。
中東の紛争や問題について、地域大国や周辺大国、域外の超大国が譲れない問題に関する拒否権を持っているため、競って介入することで、中東の混乱を永続化させている。
サウジアラビアとイランが争うのは、スンニ派とシーア派の教義の違いから生じる対立かと思ってたら、そんな話ではないようです。
サウジアラビヤとイラン、スンニ派とシーア派が争うのはなぜかと思い、何冊か本を読みました。
まず井筒俊彦『イスラーム文化』です。
『コーラン』は神の啓示を記録したものだが、全部が一挙に下されたのではなく、約20年の年月をかけて少しずつ断片的に下った。
この20年を2つに分け、前期10年をメッカ期、後期10年をメディナ期という。
前期と後期とではイスラームはがらりと性格を変えてしまう。
① メッカ期 自己否定的
最後の審判で罰を受けるという終末論的な怖れがある。
現世的秩序に独自性は認めず、来世に重みがかかっている。
神は全知全能、唯一、人格神であり、絶対に善だから、悪をなすことはあり得ない。
人間がたった独りで神の前に立ち、個人が神と一対一の契約を結ぶ。
神はあくまでも主、支配者であり、人間はその奴隷という関係にある。
義務を負うのは人間だけで、神は人間に対して義務を負わず、権利だけを主張する。
罰を下さずにはおかない怒りの神、正義の神。
人間が正義の道にはずれたことをすれば絶対に許さない。
人間は根強い悪の傾向性をもっており、神の前に立つなら、いかに罪深い存在であるかという自覚をもたざるをえない。
罪悪意識に基づく神への怖れがメッカ期のライトモチーフである。
② メディナ期 自己肯定的
終末論に基づいて、神の慈愛のしるしに満ちた場所としての現世を生きていく
人がムハンマドと契約を結び、ムハンマドとの契約を通して神との契約に入る。
ムハンマドを神の代理人として認めることにおいて、ムハンマドは人々の絶対的指導者となるから、神の命に従うのと同じようにムハンマドの命に従う。
ムハンマドと契約関係に入った人々が、お互い同士が同胞として、信仰共同体が神と契約を結ぶ。
神と人との個人的契約のタテの関係だったのが、人々との結びつき、ヨコの広がりを加えることになる。
個々の人が神にすべてをまかせ切って絶対服従を誓うという信仰ではなく、共同体的に組織された社会的宗教となり、制度化されていく。
開放的であって、排他的ではなく、誰でもその一員になることを許される。
血のつながりに代わる信仰のつながりを立て、共同体の宗教として確立されたイスラームは普遍性を持ち、世界宗教となった。
現世の悪は人間の力で直していけるから、現世を少しずつよいものに作り変えていこうとすることが正しい人間の生き方。
神は慈悲と慈愛、恵みの主で、善人には来世で天国の歓楽を与えることを約束する。
神にたいして人間のとるべき態度は感謝あるのみである。
イスラームは聖なる領域と俗なる領域とを区別しない。
世俗世界は存在せず、現世がそっくりそのまま神の国である。
宗教は人間の日常生活とは別の、何か特別な存在次元に関わる事柄ではなく、生活の全部が宗教であり、政治も法律も人間生活のあらゆる局面が宗教に関わってくる。
現世が神の世界としての正しい形で実現していないなら、神の意志に従ってこの世界を正しい形に建て直していかなければならない。
人間生活が悪と罪に汚れていても、人間の努力次第で正しい形に建て直していける。
地上に神の意志を実現していくことが、イスラーム共同体の任務、存在意義と考える。
多くの場合、アラブとイラン人は、世界観、人生観において、存在感覚において、思惟形態において、正反対の関係を示す。
アラブを代表するスンニー派(いわゆる正統派)的イスラームと、イラン人の代表するシーア派的イスラームとは、これが同じ一つのイスラームなかと言いたくなるほど根本的に違っている。
シーア派はムハンマドの死以来、イスラームの歴史が正義に反する、間違った歴史であり、自分たちは間違った世の中に生きているという感覚を持っている。
ムハンマドは最後の預言者だから、ムハンマドが死ねば、神の啓示は『コーラン』を最後にして途絶えてしまう。
しかし、シーア派では、それはコーランの表面に書いてあることで、イマーム(預言者と一体化した後継者)がいる限り、内的啓示は続いていくと信じている。
ムハンマドの死後、ムハンマドの娘ファーティマと従弟のアリーに政治権力と宗教権威が継承され、その後は特別な宗教的能力が備わっているアリーの血統に受け継がれて、イマームとしてイスラーム世界を宗教的にも政治的にも指導することが、あるべき歴史の展開だった。
ところが、9世紀に12代イマーム(869年生まれ)が4歳か5歳のときに姿を消し、存在の目に見えぬ次元に身を隠し、イマームは12人で終わったとされた。
誰も12代イマームの姿を見る人はないが、信仰深い人の夢や祈りでのエクスタシー的状態のときにイマームと会うことができる。
終末の日に先立って最後のイマームが救世主として再臨するまで、正しい支配者であるイマームの統治は行われない。
シーア派にとって、イマームは人間的存在を超え、宇宙的実在である。
イマームという神的人間の存在を認め、すべてのことの根底とするシーア派はキリスト教により近いと考えていい。
神の代理人がムハンマドだから、ムハンマドの言いつけに従うことは、そのまま神の言いつけに従うことであり、ムハンマドの言いつけに背くことは、すなわち神に背を向けることとされる。
コーランをどう読むかは各人の自由だが、それには許容範囲がある。
解釈が許容範囲を逸脱した場合、共同体の指導者たちが異端宣告をして、共同体から追い出してしまう。
意識的に解釈学的なシーア派は、『コーラン』をふつうのアラビア語の文章や語句として解釈するだけでなく、暗号で書かれた書物だと考える。
通常のアラビア語の知識ではとても考えることもできない秘密の意味を探ろうとする。
暗号解読をタアウィールという。
タアウィール以前に見ていた世界は俗なる世界であって、タアウィールのあとに現れてくる世界が聖なる世界だということになる。
現世は完全に俗なる世界であり、悪と闇の世界であるというゾロアスター教の善悪二元論がシーア派には認められる。
だから、人は存在の聖なる秩序を探り出さなければならない。
ところがスンニー派の見方では、現世がそのまま神の国であり、聖と俗の区別はない。
だから、罪と悪とは人間の決意と努力次第で正しい形に建て直していけるものであり、理想的な姿に向かって現世を構築していくことができる。
それに対し、聖と俗をはっきり区別するシーア派は、スンニー派の現世肯定的な態度を認めない。
この点において、シーア派はスンニー派と完全に対立する。
鈴木信行『宝くじで1億円当たった人の末路』によると、幼稚園から高校まですべて公立に通わせると平均で約550万円、すべて私立だと約1600万円。
幼稚園から大学まで私立に通った場合、教育費は2400万円。
中学まで公立で、高校から私立だと約1490万円。
大学が国公立の場合は生活費も含めて年130万~150万円、私立の場合は年に200万円ほどかかる。
日本の国立大学は、初年度納付金が約81万円(授業料約53万円、入学料約28万円)、4年間の合計が約214万円。
仕送り額の平均は約71000円だが、大学生の生活費(住居費を含む)は12万円弱。
私立大学は、文科系が4年間で約361万円、理科系が495万円、医歯系が2141万円。
とはいえ、大卒男子と高卒男子を比較すれば、生涯賃金は約7000万円、女子だと約1億円の差が開く。
ですから、お金がかかっても大学を出たほうがお得です。
栄陽子『留学で夢もお金も失う日本人』によると、アメリカには約4000の大学があり、ピンからキリまで。
英語力がなければ、語学学校に1年通い、コミュニティ・カレッジに入るしかない。
コミュニティ・カレッジで2年間勉強して60単位を取れば、4年生大学の3年に編入できる。
コミュニティ・カレッジとは、地域の人々のための大学で、移民も通うので、高度の英語を操れなくても授業についていける。
しかし、コミュニティ・カレッジを卒業した人が進学するとして普通の州立大学だが、8割は4年制大学に編入できない。
コミュニティ・カレッジの主な目的は移民が英語習得と職業訓練をすることで、日本だと短大、専門学校というイメージ。
コミュニティ・カレッジを卒業して得られるのは準学士号で、日本では大学を卒業したと認められないことが多い。
コミュニティカレッジで終わってしまえば、日本に帰ってもよい就職がない。
学費だけで年間9000ドル、ホームステイは月1000~1200ドルなので、生活費等を含めて2年間で6万~7万ドルかかる。
アメリカの大学は卒業までに22万ドルかかる。
州立大学の学費は年間3万ドル、4年間で12万ドル。
州立大学は州内の学生は授業料が安いが、留学生を含む州外の学生は私立並みに高額。
2016年度の1年間の学費(授業料・寮費・食費)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校 55000ドル
カリフォルニア大学バークレー校 55000ドル(州内の学生の授業料は13500ドル弱)
ミシガン大学 56000ドル
ワシントン大学 47000ドル
ハーバード大学 63000ドル
イエール大学 65000ドル
スタンフォード大学 62000ドル
ニューヨーク大学 72000ドル
東部の名門大学の学費も、年間6万~7万ドル。
アメリカの学生の6割が学生ローンを背負っており、負債額は平均で37000ドル。
大学を選ぶ重要な条件は、寮があるということ。
寮のないコミュニティ・カレッジは年間約9000ドル、寮付きのコミュニティ・カレッジは約12000ドル。
ホームステイ代は年間で9000ドルで、都会では2万ドルになることもある。
それとは別に、教材費、保険代、衣料費、交際費、日米間の航空運賃などを100万円は見ておかないといけない。
ホームステイは食事が貧弱、バスなどの公共交通機関が少ない、英語がしゃべれないので家族の会話に入れないなどの問題あり。
ホストファミリーの中には、受け入れ難い理不尽としか思えないことの自己主張をする人がいる。
しかし、相手の言っていることを理解するにも、言い返すにも英語力が足りないし、内気な日本人は自己主張ができないので、相手の主張を全面的に飲み込むことになる。
外国留学というと、なにやらすごいように思いますが、大変そうです。
それにしても、プロバスケットボールNBAを引退した人の60%は5年以内に破産していると、『宝くじで1億円当たった人の末路』とあり、最終的に何がいいのかわからなくなります。
中島らもさんと8人との対談、というよりおしゃべり。
野坂昭如さんとは酔っぱらい同士がクダを巻いているようなやりとりに、なんなんだこれはと思います。
20歳のころに山田風太郎『甲賀忍法帳』を初めて読み、横山光輝『伊賀の影丸』の忍者たちと同じ忍術を使ってて、山田風太郎さんが真似をしたのかと思いました。
しかし、『甲賀忍法帖』のほうが先。
山田「僕ね、読んだことないんです。似てるってのは、全然知らずに同じころ描いていたんじゃないかなぁ」
中島「横山光輝さんの『伊賀の影丸』もまったく一緒なんですよ。死なない忍者も出てきたりしますからね」
山田「それも見たことないんだけど、ちらちらと聞くと、僕のほうが本家らしい」
影丸という名前だって『忍者武芸帖』の主人公そのまんま。
今だったら絶対に盗作だと非難されますが、そのころは誰も問題にしなかったのでしょうか。
松尾貴史さんはスプーン曲げの清田君のトリックは全部わかったそうです。
松尾「それに近いですけど、どっちかっていったら、ミスディレクションですね。たとえば、右手を上に上げて見せてる間に、さっと左手で物を取り上げてても、みなさん、あまり目いかないでしょう」
中島「取りかえているわけ?」
松尾「取りかえもあるんですけど、「たとえば、これ曲げます」っていって、次に「時間かかるんです。集中する時間がいりますから」っていうんですよ。それでまた、「たとえば」っていって、別の何かを指さして、「あそこにある棒でも、僕曲げられるんですよ」っていいながら、キュッとこう力を入れる。みんなが視線を手もとに戻したときには、まだ曲がってないふりをして、しばらく待ってるんですよ。「あ、来たぞ、来たぞ」っていって、みんなに注目させる。ほんとはもう曲がってるんですけど、曲がってる方向が目の高さに水平になるようにするから、曲がってるように見えないんですよ」
中島「なるほど」
松尾「こすってるふりをするわけですね。ものすごい時間かけて徐々にやっていくとか、あとはもう、あらかじめ用意してきてるやつで、金属疲労させといて、力入れて震えているようなふりしながら、その震えを利用して、勢いつけて、ポキンと途中で折れたように見せるとか。あと、ベルトの革のところで、グーッと抑えて曲げたりとか」
松尾貴史さんは中岡俊哉さんが主宰する超能力研究会に入会していたそうです。
松尾「たまたま俺はナカオカトシヤでよかったけど、一歩間違えて松本さん(麻原彰晃の本名)のほうへ行ってたらね」
岡本和明・辻堂真理『コックリさんの父 中岡俊哉のオカルト人生』を見ると、中岡俊哉さんは超能力や超常現象をほんとに信じていたようです。
山田詠美さんと占い師。
山田「お金取るんでしょ、それ」
中島「二万円でどうですか?」というから、「いらんわい」といって、去ったんですがね。あれ、たとえば女の子で、「あなたの代はいいけれども、子どもにガンの相が出てますよ」とか嫌なこといわれたら、やっぱり二万円を持ってたら払っちゃうよね」
山田「銀座の日航ホテルの前に出ている女占い師もそう。私と男友達で見てもらったら、私のほうにはすごくよくいって、彼のことを「これは大変だ」というのね。「お祓いしたほうがいいですよ」って。それでいろいろ話を聞いてたら、やっぱりもう死ぬかもしれないみたいなことをいわれて、あげく何万円だというね。「バカにすんじゃねえよ」と思って、私たちは待ち合わせの場所に行ったの。そうしたら、もう一人の待ち合わせていた男の子がすごい暗い顔してきた。「どうしたの?」と訊いたら、「今、占いをしてもらったんだけど、俺、もうじき死ぬかもしんない、って。お祓い受けろ、っていわれたんだけどさ、どうしようかな」っていう。さっきとまるで同じことをおわれたみたいなの。三人で「あの女許せん!?」」
山田詠美さんと中島らもさんは書くのは嫌いだそうです。
中島「嫌ですよ」
山田「私、嫌いで嫌いでしようがないんですよ、書くの」(略)
中島「苦痛ですか、やっぱり?」
山田「もう苦痛ですね」
井上陽水さんは音楽を聴かなくなったそうです。
井上「音楽を、聞かなくなったことですね。欧米の音楽とか、いろいろな外国の音楽とか、もちろん日本にもいろいろな音楽があるけど、そういうのを吸収しながら、自分のやり方で表現していく人もいるけど、僕は全然聞かなくなった」
中島「僕も一緒ですよ。他人の書いた小説は読まないですよ。影響されるから」
それじゃ音楽家や小説家になっても楽しくないように思います。
でも、村上春樹さんはカーヴァーやサリンジャーなどアメリカ小説を翻訳しています。
人それぞれでしょうか。
『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』はジョン・ディクスン・カー(1906年~1977年)の評伝。
出版部数、印税、収入なども書かれています。
処女作の『夜歩く』は1929年に、300ドル(現在の4550ドル)の前払い金と次の二作をハーパー社から出すという条件で契約を結んだ。
1930年、カーは1年に2冊の作品をハーパー社のために書き、ハーパー社は印税を毎月100ドル(現在の1555ドル))支払うことになった。
1933年の『弓弦城殺人事件』は出版後一か月で重版され、およそ4500部が販売された。
『盲目の理髪師』はイギリスでは、出版後およそ一か月で約1500冊売れ、アメリカでは出版後六か月間で2715冊売れたが、期待はずれだった。
1935年7月、カーはハーパー社と、1936年の秋から1年間に2冊の本を出版するという契約を結び、毎月291ドル(現在の5500ドル)の収入を保証されることになった。
1936年5月、モロー社はカーが年に2刷の本を書くと約束したら、モロー社とハイネマン社の両方から毎月50ポンド、あるいは250ドル(現在の4680ドル)以上の金額を支払うと申し出た。
ハーパー社との契約を合わせれば、毎月500ドルから600ドル(現在の11230ドル)になり、大恐慌の時代としてはかなりの収入になった。
1935年、『火刑法廷』をジョン・ディクスン・カーの名前で出せば、イギリスで約千冊の予約注文を保証できるが、別の筆名で出すと、新人作家の作品となると約400冊くらいしか期待できないと指摘される。
1935年、『デヴィル・キンズミア』のアメリカでの販売部数は、出版後2か月が経過した時点で566部、『盲目の理髪師』は同様の期間で2715部だった。
アメリカで千部売れたとしても、カーの手もとに入る印税は200ドル(現在の3780ドル)にすぎない(ということは、1冊あたり50セントの印税)。
1937年に出版予定の『火刑法廷』は1937年中に印税を550ドル(現在の9936ドル)もたらすと見積もった。
定価2ドル(現在の36ドル)で2750部の売り上げを見込んでいる。
同じ年、歴史物の『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』は価格が2.5ドル、200ドルの印税をもたらすと考えた。
翌年以降の数字を加えても、『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』は2400部どまりと予想された。
カーの探偵小説は歴史物の3倍以上売れたということである。
カーの本名での収入はアメリカが3分の2、イギリスが3分の1。
1940年代は25セントのペイパーバックが花盛りになり、十万部以上が印刷されることもしばしばだった。
1940年から1943年にかけてカーの著書15冊がアメリカのペイパーバックになった。
1942年、『皇帝のかぎ煙草入れ』は好調な売れ行きを見せ、定価2ドル(現在の31ドル)の本が1か月で6405部売れ、1943年末までに総販売部数はほぼ9千部に達した。
1944年6月、再版の権利を買った出版社は定価1ドル(現在の14ドル)で5千部を印刷し、9月にはハードカバーの廉価版が定価49セントで2万部、ペイパーバックが定価25セントで15万部印刷された。
『死が二人をわかつまで』は1944年8月の出版から1944年末までに12829部売れた。
思ったのは、1930年代のカーの作品はあまり売れていないということ。
初版の発行部数は少なくても3千部だと聞いたことがあります。
ウィキペディアによると、1930年代のイギリスの人口は約4千7百万人。アメリカは1億2千万人から1億3千万人で、現在の日本と同じくらいです。
なのに、ハードカバーの本が現在の3千円以上と高いことはあるにしても、カーの小説はせいぜい数千冊程度しか売れていません。
カーに比べて、フィッツジェラルドは驚くほど原稿料が高いし、本も売れています。
1934年の『夜はやさし』は1万5000部です。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/fa52031ff8a4e1d3f2b01a8144e21d9e
そのころのアメリカでは、探偵小説よりも純文学のほうが人気があったんでしょうか。
性犯罪は、性欲が強い人がセックスしたくて起こすと思っていました。
そして、被害者にも挑発的な服装をしているなどの問題があるという差別的な気持ちも正直ありました。
しかし、鈴木伸元『性犯罪者の頭の中』を読んで、それは間違いであり、性犯罪者H性依存症という病気だということを知りました。
性依存症には、置換、盗撮、のぞき、露出、下着泥棒、強姦などがあり、それらは犯罪になる。
アルコール依存症の人は、のどが渇いたから酒を飲むのではなく、酒を飲んで嫌なことを忘れたり、強気になって他人に言いたいことを言えるようになったりしたいから飲む。
性犯罪を「性的欲求」の問題としてのみとらえるのは大きな過ちであり、〝ムラムラして飛びついた〟という理解をしてばかりいては、全く対策に結びつかない。
WHOによる性依存症の定義。
子供を狙った性犯罪をするのは小児性愛者であり、見た目も気持ち悪い人というイメージがあるが、鈴木伸元さんが取材を通して会った人たちの印象は全く違っていました。
精神科医の榎本稔さんによると、性依存症でクリニックを訪れる人は、30代から40代で、会社員が多いそうです。
『やめられない人々』に、「高学歴でちゃんとした職業につき、社会的地位も比較的高い人」がかなり多いとあります。
加害者に行なった調査によると、性犯罪者の60%近くは、「両親からかわいがられて生育している」と答えている。
生育歴によって全ての性犯罪を説明することはできない、
〝性犯罪者〟という言葉がもつイメージと、実際の性犯罪者の実像との間には、大きなギャップがある。
藤岡淳子大阪大学教授はこのように語っています。
衝動的にではなく、計画的に被害者を選んでいる。
万引きを繰り返す人の中にも、「自分がスキルアップしている」「自分はできる人間だ」ということを確認している人たちがいる。
万引きを繰り返す人は、お金がなくて仕方なく盗むのではない。
親を困らせたい、スリルを味わいたい、万引きのスキルを自慢したいなど、多様な動機が存在している。
性犯罪の多くは、支配、優越、復讐、依存などの欲求によって行われる。
秋山千佳『ルポ保健室』によると、性的虐待は、性的欲求による行為だと思われがちだが、実際は、社会生活での無力感を埋め合わせるための、「支配欲求」が主な欲求であるケースが多いそうです。
高揚感、達成感、コントロール感、充実感、反社会的行動をしているという興奮。
緊張感と成功したときの解放感。
犯行がうまくいくことで、そうした欲求は一時的に充足される。
その充足感によって性暴力は習慣化しやすい。
刑務所を出所した性犯罪者の多くは、「自分はまた性犯罪をしてしまうのではないか」という再犯のリスクにおびえながら暮らしている。
榎本稔さんは、性犯罪者には被害者に対する罪悪感がなく、責任転嫁をすると書いています。
これを認知のゆがみといいます。
・最小化 事柄を実際よりも小さく考えようとする。たとえば約束の時間に遅刻したとき、大したことはないと考える。
・正当化 やるべきことをしなかったり、やるべきではないことをした時、「自分は正しい」と考え、主張し続ける。
・遠くのゾウ 責任を回避するために、前もって考えない。
・一般化 失敗、あるいは成功した時、たまたまであっても、「次も絶対失敗する」(成功する)と考えたりして、一般化する。
仕事がうまくいかない→上司に叱られる→死んだほうがいいという気持ちになる→帰宅して性的動画を見る→マスターベーションをする→リフレッシュする→翌朝、変わらない現実にうんざりする→再び仕事でうまくいかない→
ストレスの悪循環を断つため、認知行動療法によって違う発想法を身につける。
とはいえ、簡単ではなさそうです。
バンディ・リー編『ドナルド・トランプの危険な兆候 精神科医たちは敢えて告発する』を読み、安倍首相や麻生財務相たちにも精神科医や心理学者が診断をしてほしいと思いました。
しかし、「はじめに」でロバート・ジェイ・リフトンが「悪性の正常」ということを書いていますが、私たちにも大きな責任があるように感じます。
物の見方も、考え方も、行動も、望ましいと考えられているもの、正常と考えられているものが、その社会の主流となるのが常である。
ところが、時には、本来は悪とみなされるべきものが正常の基準内に入れられることがある。
それが「悪の正常」である。
アメリカ社会全体に、正常でないのに正常とされてしまっている「悪性の正常」が定着しつつある。
トランプ大統領と彼の政権が作り出した空気も悪性の正常の一つの形である。
悪性の正常の維持には、専門家の集団による支持が最も有効である。
たとえば、外国からの核攻撃に備えるように煽る専門家、地球温暖化を認めないように煽る専門家など。
日本では、集団的自衛権の行使を可能にする安保法案は憲法違反だと、憲法学者の9割が表明しましたが、安保法制が成立しました。
公文書の改竄、破棄、隠匿などがまかり通っていますが、大場弘行「公文書クライシス 官邸の隠蔽体質 もはや民主主義ではない」によると、記録そのものを作らなくなっているそうです。
未作成の理由は「記録が必要な打ち合わせがなかった」と説明されたが、真相を省庁幹部らから聞いて耳を疑った。「官邸は情報漏えいを警戒して面談に記録要員を入れさせない」「面談中にメモを取ると注意される」。首相が発言したことの記録が事実上禁じられているのだ。(毎日新聞12月26日)
今の日本は健全な国家ではなく、「悪性の正常」状態になっていると思います。
ジュディス・ルイス・ハーマン、バンディ・リーは「プロローグ」にこう書いています。
「権力者」とはトランプのことでしょうけど、「安倍晋三」と置き換えてもいいように思います。
「悪性の正常」が常態になるのは、国民のあきらめも大きいです。
どんなことがあっても、「どうせどうにもならない」と思っています。
通常ではあり得ない事柄が次々と明らかになっても、何も変わりません。
これで正常と言えるのでしょうか。
ヘンなのにこんなの普通と言う異常 万能川柳