水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-31- 真実

2016年07月15日 00時00分00秒 | #小説

 取調室である。
「はっきり見たんですねっ!」
「ええ、それはもう…。ただね、私もここの虎箱でお世話になった口ですから、しかとは断言できませんが…」
 泥酔した挙句、蒲畑(かばはた)署で一夜を過ごした角鹿(つのじか)は、私服の馬皮(うまかわ)に事情聴取されていた。角鹿が何も語らなければ、そのまま何事もなく蒲畑署を出ていたはずだった。だが、角鹿は語ったのである。というのも、角鹿が泥酔してフラフラと暗闇の裏通りを歩いていたとき、とんでもないものを見てしまったのだ。そのとんでもないものとはUFOが円盤へ人を吸い込む瞬間だった。馬皮は半信半疑で小笑いしながら角鹿の顔をジィ~~っと凝視(ぎょうし)した。
「ははは…、警察を舐(な)めてもらっちゃ困りますな。どうせ深酒(ふかざけ)で夢でも見られたんじゃないですかっ?!」
 馬皮は角鹿の話がとても真実とは思えず、まったく信じていなかった。こっちは忙(いそが)しいんだっ! 早く帰ってくれっ! というのが馬皮の内心だった。事実この日、人が失踪(しっそう)した通報があり、馬皮はその家へ向かおうとしていた矢先だったのである。
「とにかく、お聞きしておきます。ここへ連絡先を書いていただいて、今日のところはお引き取りいただけませんか」
 警察の方から迷惑だから引き取ってくれ・・と言うのは、相場とは間逆の展開である。
「まあ、それじゃ。そういうことですんで…」
「はいはい…」
 はい、を一つよけいに言ったところに、馬皮の迷惑気分の内心が垣間(かいま)見えた。
 数日後、失踪した人物が発見された。遺体ではなく記憶喪失で、である。
「本当に何も覚えておられないんですね?」
「はい! 私は誰でしょう? ただ一つ、UFOに乗っていて、高い空から地上へフワフワ降ろされた・・という記憶だけは残ってるんですが…」
 失踪者は馬皮に情況を克明に説明した。
「ははは…天孫降臨じゃあるまいし、ご冗談を」
「いえ、本当に…」
 馬鹿な話を…と、馬皮の笑っていた顔が一瞬、真顔に変わった。真実に思えたのである。馬皮の脳裏に角鹿の顔が浮かんでいた。

                   完


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