水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-41- 事件にしたくない一件

2016年07月25日 00時00分00秒 | #小説

 松ノ木(まつのき)署では、とんでもない告訴が発生していた。訴えたのは松ノ木村の村長、小宇多(こうた)である。
「あの木はずっと昔からある由緒(ゆいしょ)…由緒はないが、我々の子供時代からある馴染(なじ)みの木だっ! 誰が切り倒したのかは知らんが、私に一言(いちごん)もなく無断で切るとは許せん破壊行為である! 是非、署の方で調べていただき、犯人を引っ括(くく)ってもらいたいっ!」
「はっ! 村長みずからお出ましとは、かなりご立腹のご様子ですな」
 署長の御地(おんち)は小宇多のご機嫌をとりながら窺(うかが)うように言った。なんといっても村では一番の長者である御地が言うことは、村のすべての者を右に倣(なら)え・・させるだけの重さがあった。
「無論だっ! 君には期待しておるから、よろしく頼むっ!」
「ははっ!」
 どちらが警察なのか分からない。御地は署を出ようとする小宇多に直立して停止敬礼をした。
 小宇多が松ノ木署から消えると、署内はフゥ~~っという安堵(あんど)のため息がどこからともなく漏(も)れた。
「こういう類(たぐい)は、事件にしたくない一件ですな…」
 迷惑顔で警部の声良(せいら)が机椅子から立ち上がると、署長席に近づきながら小宇多に言った。
「事件にはしたくないっ! ああ、どうして私は署長なんだっ! あの村長の顔は見たくもない、見たくない、見たくないっ!」
 かなり村長に対するトラウマがあるのか、小宇多は見たくないを強調して言った。
「器物損壊の事件性はないように思えますが?」
「ああ…冷静に見れば通行の邪魔だがな、アソコは。まあ、自然破壊には変わりはないが…」
「まあ、自然破壊といえば自然破壊ですが、そういう手合いは人間の私らが裁くことではないですからな」
「ああ! 神さま仏さま、キリストさま、ホニャララさまだっ」
「実害がない難儀(なんぎ)な一件だっ!」
「声さん、迷宮入りにしておこうや」
「ですねっ!」
 二人は顔を見合わせ、ニンマリした。

                  完


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