水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-40- 状況捜査

2016年07月24日 00時00分00秒 | #小説

 物は傷(いた)むものである。目有(めあり)家では、主人の目有が物干し台から柿を採ろうとしていた。毎年、収穫しているのだが、今年はよく出来たせいか、たいそう手間取っていた。ほぼ半ばほど採ったとき、うっかり置いた高枝切り鋏(バサミ)を落としてしまった。当然、鋏(ハサミ)は地上へ数mほど落下した。そのとき、カチン! という音がするのが聞こえた。目有はしまった! とばかりに下へ降りた。鋏を拾おうとすると、取っ手の部分が割れて傷んでいた。一番重要な部分で、この取っ手が欠けては鋏は無用の長物となり、開閉が出来ないから切れない。もう少し慎重に採ればよかった…と目有は悔(く)やんだが、時すでに遅(おそ)し・・だった。これが人なら…と刑事の目有はゾォ~っとした。人なら、明らかに過失傷害の事件捜査となるからだ。鋏には申し訳ないが、まあ許してもらうしかないか…と目有はテンションを下げ、別の鋏をショップへ買いに行った。それにしても後味(あとあじ)が悪い事件ならぬ物損になってしまったものだ…と思えた。
「お父さん、晩ご飯ですよ…」
「ああ、今行く…」
 目有は密かにそのときの状況捜査を開始した。者ではないモノだけに、捜査は難航(なんこう)した。なぜ、安易(あんい)に物干し台の勾配(こうばい)がある位置に挟を置いたのか…そのとき落ちる危険性を感じなかったのか…鋏を置いた瞬間の気持はどうだったのか…。謎(なぞ)は謎を呼び、迷宮入りの様相(ようそう)を帯びていた。目に見えるモノの力より目に見えないモノの力は恐ろしい…と目有が感じたのはこのときからだった。

                  完


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