水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-26- 浮世坂(うきよざか)の謎(なぞ)

2016年07月10日 00時00分00秒 | #小説

 世の中には妙な事件もあるものだ。事件といえば犯人による犯行と被害者・・とするのが相場だが、浮世坂(うきよざか)で起きた事件はその常識をうち破る事件となった。
 コトの発端(ほったん)は、毎日、同じコースをジョギングで歩き続けている絵師(えし)という男が出合った偶然の不思議な出来事だった。
 その日も早足で絵師は歩き続けていた。外は次第に夕闇を濃くしようとしていた。絵師が浮世坂の橋近くに近づいたときだった。
「あのう…もし」
 絵師は気味の悪い浮浪者風の男に声をかけられた。立ち止まった絵師は近づく男の顔をジィ~~っと凝視(ぎょうし)した。その男はやつれた風体(ふうてい)で、顔の色といえば蒼白く、とてもこの世の者とは思えなかった。季節は秋深く、瞬く間に辺りはとっぷりと暮れ、月明かりもなく、街灯以外の明るさは何もなかった。
「はい、何か?」
「いえ、なにも…。人違いでした、どうも」
 その男は絵師にそう言うと、スゥ~っと闇に消えた。絵師は一瞬、ゾクッ! と身の毛がよだったが、夏でなかったのが幸いし、すぐ平静に戻(もど)り、その場からやや急ぎ足で立ち去った。
 そしてその後は何事もなく、数週間が経過した。そんなある日の朝、絵師がなにげなく新聞を捲(めく)っていると、地方版に大きく出ている記事が目に入った。見出しは[闇夜の男 ますます深まる謎]と、あった。写真も大きく掲載されていて、よく見れば、絵師がいつも通るコースにある見慣れた橋が写っているではないか。
「…」
 心当たりがなくもない絵師は真剣にその記事を読み続けた。記事の内容は、夜な夜な現れ、同じ質問を訊(たず)ねただけで消える男・・警察は不審人物として捜査を開始したが、まったく手がかりは得られず、被害届も出されていないこともあり、それ以上、手の打ちようがなくなっていた。
 蒲鉾(かまぼこ)署である。
「迷惑防止条例違反っていうのはどうなんでしょうね?」
 新米刑事の板和佐(いたわさ)が老練刑事の翔遊(しょうゆう)に訊ねた。
「馬鹿野郎! 被害届が出んとダメだろうがっ!」
「すみません…そうでした」
 板和佐は小さくなり、翔遊に美味(うま)そうに食われた。
 その後、どういう訳かその男はパッタリと姿を現わさなくなった。結局、浮世坂の謎は闇に葬(ほうむ)られたまま、事件にもならない一件で処理され、曖昧(あいまい)な終結を見た。その不審人物の男が翔遊に隠し味を与えた旨味(うまみ)という男だったことを誰も知らない。その男の消えた謎は、今もサスペンスとして蒲鉾署内の語り草となっている。

                   完


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