水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-20- 落ちていた落ちてない事件

2016年07月04日 00時00分00秒 | #小説

 交番の警官、平林は難解な一件に遭遇(そうぐう)していた。といっても、その一件は事件と呼べるほど深刻ではない、ほんの些細(ささい)な出来事だった。その出来事とは、遺失物の届け者と紛失者との言い分の食い違いである。普通の場合、遺失物は拾った者が警察署とか交番へ届け、落とした者は届けがなかったか交番に尋(たず)ねに行く・・という過程を辿(たど)るのが相場としたものだ。それが、平林が受けた一件は違ったのである。どう違ったのか? といえば、確かに拾った者は交番へ遺失物として届けた。モノは紙袋に入った三本の矢ならぬ三本のサツマイモだった。モノがモノだが、百歩譲(ゆず)ってそこまではよかった。だが、そのあとがいけなかった。落とした者が交番へ届けたのは遺失物届けから小一時間も経っていなかった。
「どうされました?」
「置いておいたサツマイモを盗られました!」
「サツマイモを盗られた? あの…もしかして、これじゃないですか?」
 平林は保管した小一時間前に届けられたサツマイモの袋を持ってきてその男に示した。
「ああ! それです! 盗まれたのは」
「盗まれたって、届けた人は落ちていたと言ってましたよ」
「いいえ! 私は置いておいたんです。ですから、窃盗ですっ! 被害届を出します。その人を捕らえてください!」
 男は興奮して捲(まく)くし立てた。瞬間、平林は、ははぁ~この男は天然だな…と感じた。モノはたかだかサツマイモ三本で、興奮するようなことではないからだ。しかし、遺失物ならコトは民事だからそれで済むが、盗難となれば刑事事件となる。
「どうしたの?」
 そこへ現れたのが、偶然、交番に立ち寄った名刑事の塚平だ。塚平は平林から状況の説明を受けた。
「なんだ、それは君、簡単なことさ、アレだよ」
「はあ?」
「分からんか? なら、説明しよう。つまり、そのサツマイモは届けた者が交番前へ置いておいたのさ。そのとき君はいなかった。そして、戻った君がその袋を拾ったのさ。だったら、盗難でもなんでもなかろう」
「なるほど…それもアリですか?」
「警察は捕らえてコトを荒げるだけが能じゃない。市民、大きく言えば国民を守って治安を維持する・・となる。そう教わっただろ?」
「はあ。確かに…」
 塚平の名裁きで一件は平穏に落着した。

                   完


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