水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-22- 野菜盗難捜査

2016年07月06日 00時00分00秒 | #小説

 厄介(やっかい)な一件に関(かか)わったもんだ…と、ボリボリ頭を掻(か)きながら、三課の刑事、鶏冠(とさか)は、アアァ~~! とひと声、けたたましく鳴いた、いや、大声を出した。署内の一室で、幸い誰もいなかったからよかったが、なぜ俺だけがこんな捜査担当なんだっ! と鶏冠は少なからず頭にきていた。他の刑事は、けっこう格好いい聞き込みに回っているというのに、一人取り残された鶏冠にお鉢が回ったのは、この手の捜査だった。
「頼んだぞ、鶏冠」
「はい! 課長」
 上司にそう言われては仕方がない。内心はともあれ、鶏冠は快(こころよ)く立ち上がった。
 鶏冠が捜査に出向いた先は、取り分けて変わりがない一般家庭だった。
「野鳥(やとり)署の鶏冠です」
 鶏冠は電話があった尾長(おなが)家の玄関前にいた。
「態々(わざわざ)、ご足労かけて済みません…、どうぞ」
 インターホンから主婦らしき声がした。
「野菜が度々(たびたび)、冷蔵庫から消えるそうですが、現金や預貯金、貴金属とかは?」
「はい、妙な話で買ってきたお野菜だけです。他にこれといって盗られたものは…」
「妙ですね…、まあ一応、盗難は盗難でしょうから捜査はしますが…」
 口ではやんわりとそう言ったが、怒りで鶏冠の内心は煮えたぎっていた。こんなことぐらいで電話するなっ! が鶏冠の内心である。まあ、それでも仕方がない。鶏冠は聞き込みを開始した。家人のそのときの状況、アリバイ[現場不在証明]、そのときの家の戸締りの状態、消えた食材の保管状態などである。
「失礼しました。今日のところはこの辺で…」
 聞き込みを終えると軽く敬礼し、鶏冠は尾長家をあとにした。
 次の日、捜査届は取り下げられた。盗った・・というより持ち去ったのは小学校の息子だった。その息子は野菜の食わず嫌いで、冷蔵庫の野菜を学校の動物飼育小屋へ持っていっていたのだ。尾長家へ出向く前、その話を課長から聞かされた鶏冠は、黙って持ち去ったのは悪いが、なかなかいい話じゃないか…と溜飲(りゅういん)を下げた。

                   完


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