室下(むろした)は平凡な市職員である。その室下が妙な事件に巻き込まれた。事件といえばサスペンスを連想しがちだが、室下の場合は、ただの間違いから出来事が発生して大きくなった・・という一件である。
「そうすると、あなたがその家へ行ったのですね?」
「はあ、まあ、仕事ですから…」
生活環境課の室下は刑事の天童に堂々と返した。室下は普通に仕事をしたと思っているから別に悪びれていなかった。
「通報は、安川さんからいつあったんです?」
「朝方でしたか…」
「安川さんは、どう言われたんです?」
「家の前で二匹の大型犬が喧嘩(けんか)してるから出られない。何とかしてくれと…」
「ほう! それで行かれたんですね?」
「はあ、まあ…。仕事ですから」
「それで行ってみると、別に何も起こっていなかったから帰ったと」
「はあ、まあ…。いや、私もそのとき確認の携帯をかければよかったんですが、一瞬、イタズラか…と間違えまして」
「そのまま役場へ戻(もど)られたと…」
「はあ、まあ…」
「すると、上司の方に、まだ行ってないのかっ! と激しく怒られた訳ですね?」
「はい。妙だな? とそのとき思ったんで、行ったと報告しますと、どうも一丁目と二丁目を誤解して間違えたようでして…」
「偶然、二丁目にも安川さんのお家(うち)があった訳ですね? その頃です、一丁目の安川さんは、もう大丈夫だろうと家を出られて犬に飛びかかられ、怪我(けが)をされたと…」
「はあまあ、そのようで…」
「安川さんは業務上過失傷害で訴える! と息巻(いきま)いておられるんですが…」
「そんな大げさな! 犬に噛(か)まれられたのはお気の毒ですが、それは自己責任でしょう。私が行かなかったからという理由は納得できないなあ!」
室下は、やや語気を強めて刑事の天童に言った。
次の日の朝、告訴はまるで何もなかったように取り下げられた。電話をかけた安川の早とちりで、安川は『二丁目の安川です』と室下に言ったのだが、言った本人は 一丁目と言ったと間違えていたのだった。その電話が刑事の天童にかかったのだ。室下はホッとした。
「間違えるなっ!!」
天童だけが、いらぬ手間をかけさせられたと、警察で一人、愚痴っていた。
完