水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-37- ゴマすり激怒事件

2016年07月21日 00時00分00秒 | #小説

 馬糞(まぐそ)工業の総務課である。課長の毛並(けなみ)は課員の蹄鉄(ていてつ)に今朝も、ゴマをすられていた。ゴマをすられることに馴れている毛並は、そろそろ蹄鉄のゴマすりが鼻についていた。そして、この日、ついに毛並の怒りが爆発したのである。まさか、ゴマをすって怒られるとは思っていなかった蹄鉄はアタフタとした。このときの毛並の激怒が事件の引き金になることを誰が予想しただろう。
 毛並にゴマをすって怒られたことが蹄鉄の心の蟠(わだかま)りになった。蹄鉄は今後、どのように毛並と話せばいいのかが分からなくなっていた。
 次の日の朝、突如として蹄鉄は会社に出勤しなくなった。いや、それだけではない。蹄鉄は世間から姿を消し、完全に消息を絶ったのである。蹄鉄は独身で一人暮らしだったことから、他に蹄鉄の行き先を知る者はなく、会社からの捜索願を受けた飼葉(かいば)署は苦慮していた。
「どうだ、なにか手がかりはあったか?」
「いや、まったくありません…」
 課長の乗鞍(のりくら)に鞭(むち)は小声で返した。
「そうか。まあ、事件性はないようだが…」
 その頃、失踪(しっそう)した蹄鉄は落語家主催のお笑い道場に住み込みで通い、ゴマすりの腕を極(きわ)めるべく必死に修行をしていた。
「師匠! いかがでしょう?」
「そんな甘かないよ君、世の中は…まだまだ」
「はい! 努力しますっ!」
 着物姿の蹄鉄は、声を大きくして言い切った。
「ああ…今日は、ここまで」
 師匠は座布団から立つと、稽古部屋から静かに去った。ゴマすり激怒事件は予想外の展開を見せていた。

                  完


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