水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-18- 名コンビ

2016年07月02日 00時00分00秒 | #小説

 田村は犯人、通称・戸仲井(となかい)の潜伏先を特定できないまま追っていた。
「この男なんですが、知りませんかね?」
 田村は一枚の写真を見せた。
「さあ…」
 家人は首を横に振った。
「いや、どうも。もし見かけられたら、ここへ一報ください」
 不特定に訊(たず)ね回っていた田村は、その家の玄関前で礼を言って頭を下げると、『ここも駄目か…』と思いながら外へ出た。
 犯人、戸仲井は普通の中年男だったが、ただ一つの特徴は、トナカイの被(かぶ)りもので頭を覆(おお)っている点だった。その男の容疑は単純窃盗だが、窃盗にしては今一、釈然としない疑問が戸仲井にはあった。盗られた物は複数だったが、不可解なのは、どの盗難現場にも、サンタがあとで支払う・・というメモ書きが残されていた点である。普通の窃盗犯ならそんなことは絶対にしないから、妙といえば妙だった。
 田村が署へ疲れて戻(もど)ると、意外なことに犯人、戸仲井は検問の網に引っかかり一も二もなく、特徴的な外見で捕(つか)まったとのことだった。田村としては、なんだ! 人が必死で追っていたのに…と簡単に捕まったことが内心で面白くない。しかし、その不満を解消する手立てはなかった。
 戸仲井の取調べが始まった。戸仲井は孰(いず)れの犯行も容疑を否認した。その言い分は、あとからサンタが支払うから盗みではないという言い分だった。それが事実だとすれば、確かに窃盗は成立しない。
 戸仲井の取り調べは田村が任(まか)されたが、留置[時間]+勾留[日数]の最大期限、約28日が切れる日、被害者達から被害届を取り下げる旨(むね)の電話が相い次いで警察へ入った。理由は単純明快で、サンタと名乗る人物から現金が送られてきたから・・とのことだった。品物代金に上乗せした金額に被害者達はホクホク顔で電話してきたという。田村はそれを課長から聞かされ、名コンビだな…と馬鹿馬鹿しくなった。被害者達が取り下げたその日は、クリスマス・イヴだった。その夜、留置場の署員が鍵を開けようとしたとき、戸仲井の姿は忽然(こつぜん)と消えていた。その謎は今も署内の極秘事項とされている。

                   完


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