水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-35- 天秤(てんびん)小僧

2016年07月19日 00時00分00秒 | #小説

 現代でも怪盗はいるものである。天秤(てんびん)小僧参上! という格好いい時代劇風の張り紙を残し、天秤小僧は世の中で動き、そして流れる邪悪な資金を根こそぎ奪い取り、今日か明日か…と切羽(せっぱ)つまった中小零細企業や工場に振り込む・・という、ある種、振り込め詐欺の逆バージョンをミッション・インポッシブルで実践(じっせん)する者として全国民的アイドルになりつつあった。警察も盗られた金を調べると、賄賂(ワイロ)、不正資金、騙(だま)し金・・などといった邪(よこしま)な金の流れが分かり、盗られた! と通報した側を逮捕する・・といった事例が目立っていた。そうなると、次第に邪悪な資金を世で動かしたり流している側は、盗られたあとも盗難届を出しにくくなっていく。実は、天秤小僧の真の狙(ねら)いはそこにあった。まさに現代の救世主的な鼠(ねずみ)小僧だった。
 海波(うみなみ)署である。鰯(いわし)刑事が平目(ひらめ)警部と話していた。
「課長、脱税ですよ、きっと…」
 内部留保で蓄(たくわ)えた不正資金を盗られた企業からまた、警察へ一報が入った。この企業は強(したた)かで、公正証書原本不実記載の証拠を完全に隠滅したあと、警察へ届けたのだった。
「ああ…。しかし、なぜ分かったんだろうな。天秤小僧をこの席へ座らせたいものだな。ヤツは鋭いっ!」
 平目は低い声で言った。
「ですよね。邪悪な不正資金ですから、法理でいえば存在し得ない資金を盗って配(くば)るんですから、霞(かすみ)を盗って食べるようなもので・・天秤で±[プラスマイナス]をなくす話です」
 鰯は少し興奮ぎみに声を大きくした。
「ああ…。天秤で格差社会をなくす天使か仙人みたいなヤツだ。ははは…経済学者のケインズも真っ青だな。ただ、コレは飽(あ)くまでも・・飽くまでもだよ、風の噂(うわさ)で聞いた話だが、聞いた話だよ、君」
「ええ、聞かれた話ですとも」
「うんっ! 不思議と倒産を免(まぬが)れたり、経営が立ち直る企業や工場が目立っているそうじゃないか」
「そのようです…」
 口でそう言いながら、二人は密(ひそ)かに届けを出した会社の捜査を考えていた。

                   完


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