水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-23- 天下な裁判

2016年07月07日 00時00分00秒 | #小説

 法廷である。検事の笹山(ささやま)と弁護士の南宮(なみや)が対峙(たいじ)して民事裁判に臨んでいた。裁判長の子早川(こばやかわ)は初めて裁判長を受け持つことになった若手で、左右の老練な裁判官はその不手際な発言のたびに、裁判長の顔を見て咳(せき)払いで間違いを指摘していた。弁護席の前の被告席には被告の関原(せきはら)が座っていた。関原は大欠伸(あくび)をしながらどうでもいいような顔で証言席に立つ原告側証人、浮田(うきた)の証言を聞いていた。
「そうすると、被告は大根を齧(かじ)ったんですね?」
「はい! ボリボリと…」
「尋問(じんもん)を終わります!」
 笹山はしたり顔で自信ありげに南宮を見て、検事席へ座った。
「弁護人、質問は?」
 眠たそうな声で子早川は弁護席の南宮に言った。
「はい。…その大根は現場では発見されてませんが、それはどう説明されます。葉のついた大根を丸ごと一本、被告が食べたとは、到底(とうてい)、考えられませんが…」
 南宮は立つと、浮田を尋問で攻めた。
「いや。そう言われても…。鳥かなんかが…」
 浮田は南宮の尋問にたじろぎ、引いた。
「いえ、それは考えられません。被告がシゲシゲと出来のいい大根を見ていたのを、齧っていると錯覚されたんじゃないですか?」
 南宮は、なおも浮田を攻め立てた。
「そう言われれば…」
 浮田は、ついに敗走した。
「異議あり! 裁判長、誘導尋問です! 撤回を求めます」
 スクッ!  と笹山は検事席から立ち、怒りぎみに裁判長の子早川に訴(うった)えた。そのとき、子早川は眠気(ねむけ)でウトウト…と首を項垂(うなだ)れつつあった。そんな小早川を見て、左右の裁判官は両側から大きく咳払いをした。その咳払いにハッ! と目覚めた子早川は、どうしたの? とばかりに左右の裁判官を交互に見た。
『…却下(きゃっか)』
 左右の席から小声が聞こえた。
「却下します! 却下、却下!」
 子早川は左右に倣(なら)えで、却下を何度も口にした。
「以上です…」
 引き際(ぎわ)よく、南宮は質問をやめ、弁護席へ座った。
 結審し、判決が申し渡されたのは数週間後だった。検察の敗訴、いや、それ以前の訴訟(そしょう)の不当性が認められたのである。言うまでもなく、関原は無罪放免となった。その後、検察は上告したが、上告は棄却され、南宮の天下な裁判で終結した。

                   完


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