正直なばかりに損ばかりして、かろうじて世を渡っている、時代に取り残されたような男がいた。男の名は我道(がどう)進という。
「お前なっ! もう言い逃(のが)れは出来んぞっ! 悪いことは言わん。ここらが年貢の納め時だ・・と思って吐けっ!」
「あの…お言葉ですが、僕はきちんと税金は払ってます」
「…屁理屈を捏(こ)ねるやつだ。たとえ! たとえを言ったまでだっ!」
刑事の糠漬(ぬかづけ)は重石(おもし)をさらに乗せるかのように我道を責めつけた。
「でも、僕はそんなことは一切、やってません!」
正直者の我道は真実を言っていた。どう考えても三軒隣の漬物石を盗む必要など自分にはない…と我道には思えた。あんなもの盗って、いったいどうするというんだ…と我道は取調室の椅子に座りながら、また考えた。
「しらばっくれるなっ!! お前を見たという確実な目撃情報もあるんだっ!」
署内で「落しの糠」と囁(ささや)かれる凄腕の刑事である。そのことが返って糠漬のプレッシャーになっていた。
「まあ、遅くなったから、続きは明日(あした)だっ」
ひと晩、明けた朝、糠漬の態度が豹変(ひょうへん)した。
「あっ! 我道さん。どうもすいませんでしたっ。先方の飛んだ早とちりでしてね。漬物石は親元に返したのを、うっかり馬鹿嫁が忘れてましてねっ。ほんとに馬鹿ですよ、大馬鹿嫁!! お蔭で私まで署内のいい笑いものになってしまいましたよ、ははは…」
なにが、ははは…だ! と、さすがに我道も少し怒れたが、そこは馬鹿を見ることに馴れている我道である。グッと我慢して、思うに留めた。
「そうでしたか…」
「ああ! もう帰っていただいて結構です。ご迷惑をおかけいたしました」
糠漬は重いような話を軽い話に変えた。僕を見たという目撃者の下りはいったいどうなったんだ? と正直者の我道は署の出口で、ふと疑問に思った。
完