コトの発端は、どこでもよく起こる楽器の演奏練習による騒音トラブルだった。この事例の楽器はピアノで、弾き手が上手(うま)ければ、それはそれで苦情を警察へ申し出た相手方も納得して聞き惚(ほ)れていたのかも知れない。ただ、騒音傷害の告訴があった今回の事件の弾き手はお世辞にも上手(じょうず)とはいえず、かなり下手(へた)だった。そこへもってきて、輪をかけて拙(まず)かったのは、練習する弾き手が下手と認識していないところにあった。そんな弾き手だったから、賑やかに弾き続けるのは当然である。家族はさすがに苦情は言えず、練習時間になると全員が耳栓(みみせん)をした。
「難儀な一件ですな…」
平松署の伊井はアングリとした顔で上司の課長、吉忠に言った。
「さて、どうしたものか…」
吉忠も同じようなアングリとした顔で、頭に手をやり掻いた。
「いいとこのお嬢さんを騒音傷害で引っ張るというのもね…」
「だな。しかし、出来の悪いお嬢さんもいたもんだ。世間には貧乏で才に恵まれたお嬢さんもいるというのにな」
「世の中、首尾よくはいけませんな」
「だな。ピアノソナタか…曲はいいんだが」
二人は同時にため息を吐(は)いた。
その後、この事件まがいの一件がどうなったのか・・そこまで私は知らない。ただ、お嬢さんは相変わらず下手にピアノソナタを奏でているとは聞いている。部屋には防音工事が施(ほどこ)されたそうだ。
完