水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-29- 落としどころ

2016年07月13日 00時00分00秒 | #小説

 ベテラン刑事の舟方(ふなかた)は、このところ持病の神経痛に悩まされていた。なんといっても困るのは、張り込み中にジワ~~っと痛み出すやつだ。
「舟さん、いいですよ。私が見てますんで、車で待機していてください」
 若い底板はそう言って舟方をフォローした。
「おっ! そうか、すまんな。動きがあったら知らせてくれ」
 舟方は、こいつも、ようやくモノになったな…と思いながら、助かった気分で覆面パトへ移動した。
 犯人のトマト泥棒が捕まったのは、それから数日後である。その犯人は妙なヤツで、トマト好きが通り越し、一日中、トマトを食べていないと体調が悪くなるという、ある種の病気体質の男だった。
「さっさと吐けっ! お前が食べながら走り出たのを生産農家の一人が見てるんだっ!」
「いえ、私はそんなことはしやしません…」
 男は頑強(がんきょう)に犯行を否認し続けた。
「なあ芋尾(いもお)、隠したって、いづれは分かるんだ。疾(やま)しい心の痛みは、吐けば消える! なあ芋尾」
 舟方は落としどころを探っていた。そのとき、例の痛みがジワ~~っと舟方の腰にきた。舟方は一瞬、顔を顰(しか)めた。
「私が変わります、舟さん!」
 敏感に察知した立っている底板が舟方に小声で言った。
「おお、そうか? …」
 舟方は犯人と対峙して座る椅子から立つと隅の椅子へ移動した。舟方に変わり対峙した底板は、机をバン!! と一つ大きく叩(たた)いた。
「腰痛(こしいた)の年寄りを煩(わずら)わすんじゃねぇ!」
 犯人は底板の態度の豹変(ひょうへん)に驚いてビビッた。
「す、すみません、つい…」
 その自白を聞き、舟方は落としどころは、そこかい! と、少しムカついた。

                   完


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