この事件まがいの一件は、うらぶれた裏通りの屋台で起きた。幸い、爆発事故や屋台の焼失までには至らず、屋台の屋根の一部を焦(こ)がす程度で済んだ。それでも、屋台の親父が大事にしていた提灯(ちょうちん)だけに、被害届が串焼(くやき)署に提出された。親父の炭火(すみび)は、火の不始末などは絶対、有り得ない! と串焼署の刑事、葱間(ねぎま)に訴えた。
「分かりました。犯人を見つけ次第、お知らせしますから、今日のところはお引き取りください。ただ、消防と科捜研の調べでは、放火の疑いはないとのことなんですが…」
「いや! アレは絶対、放火です。必ず引っ括(くく)ってくださいっ! ぅぅぅ…形見の提灯がっ!」
炭火は机の上で泣き崩れた。号泣の声は署内の隅々にまで行き届いた。何ごとだっ! とばかり、署長の藻津(もつ)が顔を出し、すぐ引っ込んだ。
その後、葱間により捜査は進められたが、不審人物の目撃証言やこれといった新事実は出ず、放火未遂事件の線は立ち消えた。
「一度、お払いを受けられた方がいいですよ」
屋台で準備をしている炭火を訪れた葱間は、最終報告のあと最後にそう言い残した。今でも屋台の提灯焼失事件? は不思議な一件として串焼署の語り草となっている。
完