水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-21- 皮毛(かわげ)公園・環境保全事件

2016年07月05日 00時00分00秒 | #小説

 菜飯(なめし)は最近、売り出し中の新進作家である。締め切り作の切りがついた次の日の朝、今日は一日、のんびりと過ごすか…と近くの皮毛(かわげ)公園に出かけることにした。皮毛公園は市営で、多くの動物が飼育され、運営費は市税で賄(まかな)われている。市外の人の場合は入場料がいるが、当然、一般市民は市民証の提示で無料開放されていた。けっこう珍しい動物も飼育されていて、市職員の獣医、飼育員の建物も併設(へいせつ)されていたから、全国の有名動物園と引けを取らないと国内でも有名になっていた。そうなると、それを目当ての観光客やら何やらと市は賑(にぎ)わう。事実、経済効果も馬鹿にならず、市の商業観光課はホクホク顔だった。ただひとつ、大きな問題はあるにはあった。観光客のポイ捨てゴミなどによるマナーの悪さで起こる生活環境の悪化である。公園周辺の住民は自治会長を先頭に、環境保全の名目でついに立ち上がろうとしていた。運悪く、菜飯が公園を訪れたその日、公園内では住民達による決起集会が開かれていた。
「いったい、何事だっ?」
 菜飯は公園の動物を見るというより集会の人だかりを見る破目に陥(おちい)った。出直そう…と菜飯は早々に公園から退去した。
 事件の勃発(ぼっぱつ)は次の日の朝刊の地方版に大きく出ていた。住民達が市庁舎へ乱入し、市長との直接談判に臨(のぞ)んだのである。その経緯(いきさつ)を再現すれば、次のとおりである。
 市庁舎内である。
「市長を出せっ!」
 自治会長の拡声器がうなる。勢いづいた住民の怒号(どごう)が飛び交う。
「いえ、市長は公務で出かけていて、おりません!」
 助役が懸命に拡声器で叫んだ。その場しのぎのデマカセである。そのとき市長は怖々(こわごわ)、市長室で震(ふる)えていた。市からの緊急要請で警察の機動隊が出動したのは小一時間後だった。
「外へ出なさい! これ以上、騒げば、公務執行妨害で逮捕しますっ!」
 興奮した機動隊長の拡声器がうなる。興奮した助役の拡声器がまた、うなる。興奮した自治会長の拡声器がまたまた、うなる。その喧(やかま)しさに業(ごう)を煮(に)やした一般市民の来庁者が警察へ通報した。別の警官隊が出動し、機動隊長と助役、自治会長は騒音防止条例違反で警察へ連行された。なんとも、ややこしい突発的なサスペンス事件で、三人は事情聴取のみで解放された。
「なんだ、そんなことか…」
 菜飯は、新聞の記事を読み終え、こりゃ小説に書けるぞっ! とばかりにニヤリとした。
 その後、皮毛公園周辺の環境は改善され、定期的に市のパトロールが行われ、生活環境課主導によるボランティア活動で、ポイ捨てゴミ問題も解決したそうである。

                   完


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