百姓通信

自然と素直に向き合い、全身で風を感じて私は百姓しています。
①土づくり②循環型③無農薬・無化学肥料④永続性を大切に!

脱サラ農家

2008-02-01 22:36:39 | 農業
僕は脱サラ農家といわれるとあまりイイ気がしない。まぁ以前はサラリーマンであったことは事実だし、現在は農家であることも事実なので、決して間違いではないのですが、脱サラ農家というと・・・サラリーマンを嫌で辞めて、自由にほのぼの農業をしているというヒトという感じがして、現実は全く逆でサラリーマンは嫌ではなかったし、農家は傍からみるほど自由人でもなく、決してのんびり生きている訳ではないからだ。
僕の場合、特に農業をやろうと思って会社を辞めたわけではなく、たまたま農業を始めることになり、またそれがたまたましっかりそこにはまってしまい、今では、その農業が楽しくって仕方がない。
先日ある方に「百姓と農家を使い分けておられるのですか?」という質問を受けた。
そう、個人的には農家は農業に従事しているヒトという意味で、百姓は百の姓を持つ多様性のあるヒトという意味で使っている(まだまだ僕自身は多様性を持っているとは言えませんが)。生産農家という表現もあまり好きではなく、栽培農家とわざと言い直したりする。植物は生産するものではなく、栽培するものなので、工場で製品をつくるように生産されるものでは決してあってならない(仮に植物工場で栽培されたものであっても、“いのち”育む栽培であることを忘れてはならない)。
植物は日々成長し、日々表情を変える。脚がないので移動することはさすがに出来ないが、葉を揺らすことが出来る。太陽の光や風をしっかり受け、大地からしっかりエネルギーを蓄える。まだまだ未解明な生理はたくさんあるものの、さまざまな因子が巧みに関わり合い、しっかり育まれていく。そんな様子にいつも感動させられる。そんな光景に常に出会える農業はなんとも楽しい。