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キング・レコードが紹介したユーロ・ロック 【1】

2010-02-21 23:37:49 | 音楽
1970年代前半のイタリア・ロックは類い稀なる賑わいを呈していた。さまざまなスタイルを持つ個性的なグループが数多く輩出し、そのほとんどがいわゆるプログレッシヴ・ロックと呼ばれ、イギリスのその種の音を意識したものだった。キング・クリムゾン、イエス、EL&P、ジェネシス、ジェスロ・タル、ピンク・フロイドといったところだ。
今ではその影も形もなくなってしまったイタリア・ロックを軸に、ヨーロッパ大陸で独自の創作活動を続けている音楽を取り上げ、一般にあまり知られていない辺境のロックを紹介する目的でキング・レコードの『ユーロピアン・ロック・コレクション』は企画された。
発売点数は79年6月発売の第1期から、82年11月発売の第9期まで実に68枚にもなる。これだけの数をシリーズで出したのは驚くべきことだし、担当者の努力は並大抵のものではない。イタリア、スペインといったラテン民族の国は、何事につけいい加減で、契約ひとつにしても我々の常識では考えられないことが起こるわけだ。
68枚のアルバムは8ヵ国におよび、その内訳はイタリアが35枚と半数を占め、ドイツが14枚、フランスが8枚、イギリスが5枚、スペイン、ハンガリーが各2枚、オランダ、オーストリアが各1枚といった具合だ。キング・レコードの契約網からすればその偏在化はいたしかたないが、私にとってはイタリアが多いことが嬉しい。本当にイタリアのロックは面白いし、日本人の感覚にも合うものが多い。
さらに、このシリーズで評価したいのは値段の点だ。廉価盤で出され、1・2期が1800円、3・4期が2000円、5期以降が2200円と比較的安い。しかもほとんどがオリジナル・ジャケットをそのまま再現し、変形ジャケットで単価の張るものも同じ価格で出している。ここで発売されたアルバムは輸入盤専門店ではかなりの高額で取引きされており、その面からも拍手を送りたい。
なお、このシリーズは83年3月に第10期の発売計画があり、イタリア・ロックのチェルヴェロやコルテ・デイ・ミラコリなどがリスト・アップされている。また、このシリーズから派生してイタリアのカンタウトーレ(シンガー・ソング・ライター)のシリーズも近々始まる予定だ。
すべてが十分に聞く価値のあるものではないかもしれないが、アメリカやイギリスのヒットチャート一辺倒の現状にささやかな一石を投じた意義は大きい。それでは、全68枚を順に紹介していこう。 ─(山岸伸一/ミュージック・マガジン1982年12月号)

─I─
★★★★★地中海の伝説/マウロ・パガーニ(1978─アスコルト─伊)
★★★ミラノ・カリブロ9/オザンナ(1972─フォニット・チェトラ─伊)
★★★コンチェルト・グロッソI/ニュー・トロルス(1971─フォニット・チェトラ)
★★★★8月7日午後/ルチオ・バッティスティ(1971─リコルディ─伊)
★★★★★ヴィヴァ/デュッセルドルフ(1978─テルデック─独)
★★ポーレン/パルサー(1976─キンダム─仏)
★ロスト・マンカインド/サテン・ホエール(1975─ストランド─独)
★神経細胞/メッセージ(1976─ノヴァ─独)



このシリーズのスタートに選ばれたマウロ・パガーニのPFM脱退後初のソロ・アルバム『地中海の伝説』は、今ではすっかり地中海ロックとの評価が定着している。この作品はアラブとヨーロッパが交差する地中海の音楽を鋭い視点で捉え、イタリアの個性的で優れた音楽家を使い、新たな切り込みを入れた点で際立っている。PFMやアレアのメンバーがパガーニの音楽に見事な協力を行っているが、さらに女性歌手テレーザ・デ・シオの泥臭いナポリ唄が聞けることは何よりも素晴らしい。78年に制作され、非常に考え抜き練りに練った遠大な構想が本人の口からも聞けた。大きな収穫である。
次にイタリア・ロック界で最も重要な人物であるルチオ・バッティスティの『8月7日午後』は、残念ながら芳しい売れ行きではないが。これこそイタリアのロックに指針を与え、地下活動を続けていたロックを表面へ浮上させる大きな契機となったアルバムだ。71年に制作され、このセッションからPFMとフォルムラ・トレが誕生した。バッティスティ自身、今でもイタリア音楽界に強い影響力を持つが、当時はまさに神としての存在感があった。枠にとらわれない才気あふれる自由な精神性が感じられる。
さて、このシリーズで5枚と最も多くのアルバムが出されている人気のニュー・トロルスだ。72年から76年頃までがいわゆるイタリアでのプログレッシヴ・ロックの全盛期で、ニュー・トロルスはその間、さまざまなスタイルを試行し、そのためメンバーの変動も激しかったが、そのひとつの極みがクラシックと融合したロックの形態、ロック・バンドとオーケストラの共存である。『コンチェルト・グロッソI』のA面はその代表作で、いかにもイタリアらしい華麗なストリングス、弦の響きが特徴だ。本来これは映画音楽として制作され、アルゼンチン生まれでイタリアで活躍するルイス・エンリケス・バカロフが作曲し、全体の指揮にあたっている。だからニュー・トロルス自身の主体性が薄いことはいなめないが、B面すべてを使った「空間の中から」はなかなかヘヴィーな音でこちらの方を評価する声も強い。もうひとつ全く同じ形態で制作されたのがオザンナの『ミラノ・カリブロ9』である。演奏部分がほとんどで、わずかに歌われる歌詞は英語だ。ニュー・トロルスもオザンナも与えられた制約の中で精一杯の自己主張をするしたたかさを持ち、それが随所に現れている。
これらイタリア勢に対抗するドイツ勢の筆頭は本シリーズで全アルバムが紹介されているドイツ・エレクトロニック・ロックの雄、ラ・デュッセルドルフだ。78年の2ndアルバム『ヴィヴァ』は、イギリスにまで影響を及ぼしたほどで、全体を貫く静かで不思議な明るさが実に心地よい。この人工的な明るさが何といっても重要で、現実社会への鋭い批判がある。ヨーロッパの深部ドイツに漂う死臭を嗅ぐことができる。
それに比べると次の2枚は平凡だ。明らかにキング・クリムゾン症候群である4人組メッセージの76年に制作された4作目『神経細胞』は、ドイツらしさがまるで希薄だ。同じく4人組のサテン・ホエールの2作目『ロスト・マンカインド』はさらにドイツ離れが進み、イギリス志向が強い。けれどもブリティッシュ・ジャズ・ロックを目指すにはいささかヴォーカル・パートが目立ちすぎ、演奏技術も形式にとらわれすぎている。
5人組パルサーの74年のデビュー作『ポーレン』は、フランスのロック・グループに共通する繊細な音作りがなされている。音をひとつひとつ丹念に配置、構成し、曲を展開していくやり方はそれがひとつの方法論となっている。フルートが生かされているせいか全体が軽い。現実離れした夢幻の世界に遊ぶ、いかにもユーロ・プログレ・ロック然とした音だ。

─II─
★★★★組曲「夢魔」/アトール(1975─アリオラ─仏)
★★★★UT/ニュー・トロルス(1972─フォニット・チェトラ)
★★★★★パレポリ/オザンナ(1973─フォニット・チェトラ)
★★★パルシファル/イ・プー(1973─CGD─伊)
★★★★1978/アレア(1978─アスコルト)
★★★★自由への扉/バンコ(1973─リコルディ)
★★★マス・メディア・スターズ/アクア・フラジーレ(1974─リコルディ)
★★ローラー/ゴブリン(1976─チネボックス─伊)



ナポリは歴史においても風土においても地中海世界では最も重要な地点だ。そのナポリを舞台に古代と現代を見事に対比させ、妖しげなまでの独自の美学を結実させたオザンナの『パレポリ』は傑作と呼ぶにふさわしい。ギターのダニーロ。ルスティーチとフルートやサックスのエリオ・ダンナを軸とする5人組のオザンナは、演劇の要素も含み、実際にステージで役者を使うというシアトリカル・ロックの先駆者でもあり、ジェネシス時代のピーター・ガブリエルにも影響を与えたと言われている。73年のイタリア・ロック界がどんなに面白かったかが想像できよう。アラブとヨーロッパの対峙と融合が混沌とした中から見えてくる、フェリーニの『サテリコン』が思い出されて仕方ない。
現在イタリアで最高の人気を誇るイ・プーの意欲作もここにはある。ワグナーの楽劇にヒントを得たこと自体が十分にヨーロッパ的だが、一大組曲『パルシファル』はオーケストラを完全に支配下に置き、中世のロマンを漂わす雰囲気を持っている。リッカルド・フォッリが独立し、訪れた解散の危機を乗り切った忘れられない73年の作品だ。
バンコ・デル・ムトゥオ、ソッコルソという長ったらしい正式名称を使っていたバンコは、PFMに続きイギリスのマンティコアからアルバムが出され、注目を集めた6人組だが、73年制作の『自由への扉』はイギリス行きのきっかけとなったものである。キーボードが二人といういかにもそれらしい編成でその効果を如何なく発揮している。
PFMが来日した時のヴォーカリスト、ベルナルド・ランゼッティが在籍していた5人組のアクア・フラジーレは、グループ名から想像がつくようにイエスの路線上にある。全曲英語で歌われ、当時のアメリカ西海岸の軽いアコースティックな音をうまく取り入れている。『マス・メディア・スターズ』は74年の2ndアルバムで、この後ランゼッティがPFMに引き抜かれ解散した。
ロックよりもフリージャズや前衛音楽に近い存在のアレアが、クランプス・レーベルからアスコルト・レーベルに移籍後初めて出した『1978』は、例によって政治色が濃い内容だ。79年には不帰の人となってしまったデメトリオ・ストラトスの強烈なヴォーカル・ワークにはただただ圧倒されるのみ。民俗音楽へのアプローチもあり、創造性において今後も輩出しないグループだろう。
『サスペリア』などの恐怖映画の音楽を担当し、一躍その種のものでは有名になってしまったゴブリンが、5人の編成で唯一自分たちのために制作したのが『ローラー』だ。B面の「ゴブリン」はまさしくマイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』の感化を受けている。
72年に制作されたニュー・トロルスの『UT』は、肩の力を抜き、ともすれば仰々しくなりがちなところを抑え、淡々とした音作りで好感が持てる。ニュー・トロルスはもともと難解な理論を振り回したり、高度な演奏技術を誇示するようなグループではない。うたごころを持ったグループであり、その良さが十分に出ている。
悪魔とか魔女といったものはヨーロッパに限らず、創作テーマとしては欠かせない。地下水脈のように延々と流れ続け、映画『エクソシスト』の成功の背景にもそうした精神構造上のものが潜んでいるように思う。ロック・グループがテーマにするのは当然のことで、フランスではアトールが75年に『組曲「夢魔」』を制作した。おどろおどろしい音が迫ってくる。6人組だが、ヴォーカルのアンドレ・バルザーの歌唱力は群を抜いている。

─III─
★★★サード・アルバム/アトール(1977─ユーロディスク─仏)
★★千里眼/フランソワ・ブレアン(1979─エッグ─仏)
天地火水<第2部>水/ミッシェル・マーニュ(1979─エッグ─仏)
★★★★デュッセルドルフ・ファースト(1975─ノヴァ)
★★★ダーウィン/バンコ(1973─リコルディ)
★★★人生の風景/オザンナ(1974─フォニット・チェトラ)
★翼を持った男/オニリス(1979─バークレー─仏)
★★★ハープとフルートの歌/ペペ・マイナ(1977─アスコルト)



バンコの『ダーウィン』は73年に発表された2ndアルバムで、クラシックの要素を巧みに取り入れたジャンニとヴィットリオのノチェンツィ兄弟のキーボードに特徴がある。フランチェスコ・ディ・ジャコモというユニークな巨漢ヴォーカリストの存在も面白く、なんでも消化してしまうスケールの大きさが感じられる。テーマ曲の邦題「革命」は間違いで、「進化」とするのが正しい。ダーウィンは進化論者だから。
オザンナの4作目『人生の風景』は、7曲中2曲のみがイタリア語で歌われ、ほかは英語という側面を見ても完全にイギリスを向いたものだ。メンバー各自の自由なインプロヴィゼーションをうまく生かしながら、1曲ずつをまとめている構成力には感心する。74年に本作を発表した後、主要メンバーであるエリオ・ダンナとダニーロ・ルスティーナは渡英しノヴァと名乗って活動を始め、フィル・コリンズも加わったアルバムを制作している。
ペペ・マイナはイタリアのマイク・オールドフィールドと評されているマルチ・プレイヤーで、スタジオに独りこもり音楽制作にいそしむ。『ハープとフルートの歌』は、そのタイトルが示すようにハープとフルートが主体となり、シタールやタブラをはじめ中東からアジアにかけての地域の民族楽器が使われ、静的で瞑想音楽のようだが、人間のぬくもりが伝わってくる不思議な作品である。
本シリーズで人気の高いアトールの『サード』は77年の作品で、イエスをユーロ・ロック風に純粋培養した非常に透明な音だ。曲の構成、展開にみられる螺旋階段を昇り降りする感覚こそが身上である。
さて、ラ・デュッセルドルフの『ファースト』は75年の作品だが、今もって鮮烈な印象を与える。独特のビート感が実にいい。決して素晴らしいノリを持つものでも躍動感あふれるものでもない。むしろ下手と言ってしまったほうがいいのかもしれないが、不思議なリアリティーを感じさせてくれる。コニー・プランクとの共同制作で、空港の音が効果的だ。
レーベル契約の関係で現在はカタログから消えてしまった次の3枚だが、それほど惜しいとは思わないものだ。フランスのエッグ・レーベルと言えば、前衛音楽に近い分野で知られているが、そこから出されたフランソワ・ブレアンの『千里眼』は、例外的なほど聞きやすい。適度なスピード感もあり、曲作りとシンセサイザーの演奏はポップだ。もう一人のミッシェル・マーニュの『天地火水<第2部>水』は最悪と言える。自らの哲学の表現と言っているが、自閉症的観念でシンセサイザーを操っている救いがたい駄作だ。方法論はヴァンゲリスと同じで、「チャリオッツ・オブ・ファイアー」を思わせる曲もある。もう1枚はフランスのバークレー・レーベルからデビューした6人組オニリスのデビュー作『翼を持った男』だ。一編の物語となっており、音作りはドラマティックであるが、大袈裟すぎて惨めな結果となっている。

キング・レコードが紹介したユーロ・ロック 【2】
キング・レコードが紹介したユーロ・ロック 【3】

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