無意識日記
宇多田光 word:i_
 



『40代はいろいろ -Live from Metropolis Studios』のライブテイクは、勿論歌唱の逸品ぶりは大前提として、やはりバックの演奏が卓越しているからこその充実がある。

技術的には、そこまで難しいことはしていない。楽譜に起こしたとしても、難攻不落がそこにあるようには見えないだろう。だが、“こう聞こえるように”演奏するのは恐ろしく難しいのではないかと思う。

言うなれば、「何を言うか」より「どう言うか」に細心の注意を払っているといえる。指先の柔らかいタッチや、ほんの少しのタメ、ほんの僅かな強弱など、人の手による演奏の醍醐味がこれでもかと詰め込まれている。これを機械にやらせようと思うと指定の細かさに気が遠くなるだろう。

兎に角一音一音を丁寧に弾いて、叩いてくれている。今回のこのライブミニアルバム、一聴して「お洒落なサウンドだな」と思った人が多いかとは思うが、お洒落の真髄って周囲への思い遣りと気遣いと気配りなんだなと認識させられる事請け合いだわ。

周りとの調和、主役の立て方、押し引きの細かな加減。どれもが大人らしい心配りと気遣いに溢れている。何百回と聴いてきた『First Love』のアウトロも、この音色、このタッチ、この柔らかさとこの呼吸で弾かれるとまるでニュアンスが違っていて、優しく包み込まれるように曲を締め括ってくれている。オリジナルの『First Love』は「うわぁ、なんか凄いものを聴いたな!」と感動を反芻させてくれるような謂わば“感嘆を宥める終局”だったが、この『First Love (Live 2023)』はこのまま微睡みに誘なってくれるかのような、落ち着いた、包容力の豊かな終局を魅せてくれている。もう随分と彼女の演奏を耳にしてるけど、ルース・オマホニー・ブレイディさん、あんたほんと卓越したプレイヤーだよ。歌心のある演奏をしてくれるぜ。

勿論お馴染みベン・パーカーをはじめとした他の演奏者達も同様に素晴らしい。そして彼女らの演奏におんぶに抱っこにならずに中心で総てを引き受けるヒカルのヴォーカルの見事さといったらない。バックの演奏が丁寧で思い遣りに溢れているのは、ひとえに、ヒカルの歌のスタイルがまさにそれそのもの、丁寧で思い遣りに溢れているからだろう。いろいろな形容の仕方はあるかと思うが、こういうサウンドと歌唱こそが「大人の余裕」なんだと思う。それは何かに依存することなく、油断無く音のひとつひとつに集中することで最終的に生まれる豊潤な余白のことなのだろう。サウンドに溢れる安心感は、そういった集中力の結実にこそ生まれ得た。何よりも、心地好い。人の心がここに表されているなぁと感銘を受けずにはいられない。こういう「大人なサウンド」って、若い人はどう感じるのか、ちょっと訊いてみたいですわねぇ。

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『First Love (Live 2023)』の特徴は、ひたすら「盛り上げない」ことに尽きる。オリジナルのスタジオ・バージョンが王道のラブ・バラードらしいダイナミズムを持っている事を考えるともう真逆と言っていいほどに。

歌のキーを下げ、最少に近い素朴な編成を擁して音数を抑えたアレンジでずっと曲が進むのだからそれはそうなのだが、何よりヒカルが意識的に「抑えよう」としているのが効いている。

例えば2番のBメロ(『あなたを想ってるんだろう』)の後のアドリブ、スタジオ盤では『yeah-y yeah-y yeah』と上昇音で雰囲気を一気に加速させるが、今回の『(Live 2023)』では『nh- nhhhh -nh』と静かに降下させている。抑えようという意識の顕れだろう。

また、2番のサビが終わった後にキーを上げて大サビに突入し更に盛り上げていくのが『First Love』の曲構成上の醍醐味なのだが、この『(Live 2023)』ではキーを変えずに淡々と同じメロディを繰り返すのみに留まる。その間、バックの音数/密度も殆ど変わらない。淡々としたまま曲が終わる。

しかし、だからこそ聴き易くて、優しい。耳にも、心にも。『DISTANCE』から『FINAL DISTANCE』が生まれた時に顕著になったが、リスナーには「重くていいからどんどん感動させて欲しい」という人もいれば「さらりと味わわせて欲しい」という人もいる。後者の場合『DISTANCE』の方が好きだし、『Flavor Of Life』もバラード・バージョンよりレモンのような爽やかさが特徴のオリジナル・バージョンの方が好きだろう。あら今日は『Flavor Of Life』CD発売16周年ね。めでたいな。それはさておき。

『First Love (Live 2023)』も、似たような傾向になるんじゃないか。ダイナミックさに欠けるからと物足りないと思う人も居れば、いやこれくらいが聴きやすくていいのよ、という人もいるだろう。だから出来れば今回は、『First Love』を「王道のバラード過ぎてToo Muchだ」と思ってきた人にこそ聴いて欲しい、というのはある。

実際、あたしはどちらも好物なのだが、こうサラリと最高良質なメロディと絶品の歌唱力を味わえるというのはなんとも嬉しい。すぐに何度もプレイボタンを押せる気軽さはオリジナル版にはあんまりなかったな。なんというか、「立ち食いフレンチ」みたいな感じ? ふらっと何気なく立ち寄れるのに味は凄く高質で美味しい、みたいな。そんな業態あるのかどうか知らんけども。

昨年末にNetflixドラマ『First Love 初恋』が大ヒットし、EPIC/SONYからも『(2022 Mix)』や『(Dolby Atmos Version)』や『(A cappella Version)』が発売され、これでもかと『First Love』の“感動喚起力”を思い知らされてきていたところに届けられたこのニューアレンジは、ともすると“感動疲れ”になりかねなかった宇多田ヒカルリスナーに齎された一服の清涼剤という気がするが、ほぼメロディを変えることのない同じ曲を使ってそれをしてくるっていやなんという音楽家としての力量なのかと。

それに、リスナーとして歳を取ってくると(?)こういう「抑えられたが故の味わい」の方がより泣けてきたりするから困ったものだ。確かにオリジナル版に較べれば地味なバージョンだがその分滋味溢れるテイクになっているんですよ─という決まり文句(単なる駄洒落ですがっ)を使うならここしかないですよねっ!

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そして『First Love (Live 2023)』が泣ける。堪らんな。(そればっかかおぬしは)

https://twitter.com/i_k5/status/1629253566119690242

先日今回の予告代わりにツイートをひとつ投下しておいたが、そう、このトラックは2番のAメロから入ってくるドラムスが泣けるのだ。『立ち止まる時間が動き出そうとしている』の歌詞に合わせて動き出すリズム隊。ここはどうしてこんなにも切ないのだろう? それは、この曲の成り立ちに思いを馳せれば然もありなんなのよ。

『First Love - 15th Anniversary Deluxe Edition』に収録されている『First Love (Demo Version)』を引っ張り出して聴いてみる。すると、ドラムスのハイハット(・シンバル)が、この『40代はいろいろ -Live from Metropolis Studios』収録の『First Love (Live 2023)』と同様に8ビートを刻んでいる事が聴いて取れるだろう。そう、この曲は制作段階ではしっかりとしたリズムが刻まれたトラックだったのだ。それが、スタジオ盤に収録される頃にはストリングスとピアノを主体にしたビートに変換されている。ハイハットの刻みも、拍は同じだがビートではなくゆったりとしたベースラインとなだらかなメロディに沿ったミックスとなっている。

「一旦リズムの入った状態でメロディを載せ、そのあとでリズムを抜く」という手法はこの『First Love』のみならず後の『FINAL DISTANCE』や『Flavor Of Life - Ballad Version -』でも援用された─という話は度々してきた。そんな手順をいちいち踏むのはヒカルが曲を作る時にリズムループからエモーションを導き出すという特異なステップを踏む為であり、それを象徴するのが宇多田ヒカルの“曲作りの秘訣”を端的に表した名言「スネアの切なさ」なのだ。スネアに対する拘りは、2013年に放送された『Kuma Power Hour with Utada Hikaru Episode 3』が1時間丸々スネア特集だったことなどからも明らかだ。

故にこの新しい『First Love (Live 2023)』のバージョンは、先日指摘した通り、長年果たしてきた責任から解放された身軽な感覚という“これからの『First Love』像”を表すと共に、1998年末~1999年3月10日に生まれる前の姿、いうなれば先祖返りのようなニュアンスをもまた含んでいる、謂わば「過去と未来の両方を表現したトラック」なのである。それ故、このバージョンを聴いていると、娘の成長ぶりが小さい頃から成人になるまでの二十余年に渡って記録されたアルバムを捲っているかのような錯覚に陥ってくるのだ。私に娘は居ないけれども!

そりゃグッときますって。だから、『First Love』と共に過ごした時間が長い人ほど今回のテイクは涙腺に響くんじゃないか。私はそう解釈してますが、皆さんは如何でしょ? もちろん、この年末年始で初めて『First Love』を知ったという人も感動してくれてるとは思いますけれどもねっ!

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っとと、「不滅のあなたへ」第2シーズンについて全然触れずに来てしまった。昨夜放送の第18話「不死身の死」でボン王子の“2度目の死”が描かれ、これにて主題歌『PINK BLOOD』の

『王座になんて座ってらんねえ
 自分で選んだ椅子じゃなきゃダメ』

の歌詞部分が全回収となった。ボン王子の“1度目の死”だけでも回収は十分だったが、物語上はこの場面こそが「第2シーズンの主人公は実質ボン王子」であった意味を決定づけている為、この“二度の死”をもってと考えた方がいいかなと。昨夜の回でもしっかり彼の「王座に座る夢」のカットが挿入されていたしね。

「不滅のあなたへ」はこのあと大団円に向けて拡げた風呂敷を瞬く間に畳みに掛かる。そういう意味では昨夜の回のラストシーンが「答」のようなものなのだが、第1シーズン全20話、第2シーズンここまで18話、合計38話を費やしてやっと第1話からこの物語を彩り続けてきた主題歌の歌詞がやっと回収され終わるというのも、いやはや気の長い話だわね。

でも今『PINK BLOOD』の歌詞を味わい直してみると、案外コレってこのあとアニメ化されないであろう原作の第二部にも結構合うような気がしてくるからちょっと怖い。ヒカルが仕事を受けた時点で原作どこまで進んでたっけ。…いやそれを問うのは野暮だったわね。『君に夢中』を提供した「最愛」も第3話だか4話だかまでしか把握していない中で書かれたというのに最終回を観終わってから『君に夢中』を聴いたらバッチリハマっていたのだから、クリエイター同士の化学反応を外野があれこれ詮索しても実にはならないだろうな。

そういう意味では、『君に夢中』のプロトタイプとでもいうべき『Rule(君に夢中)』にどこまでドラマ「最愛」の影を見るかというのは興味のあるところだ。既にドラマの台本が影響した歌詞だったのかどうか。

先週、

『 I never let you conquer me
  I let you rule』

の部分を仮に

『君に私を惚れさせる気はない
 ただ輝いていて欲しいだけ』

みたいに訳せるとするならばここの部分はまるで半生を費やして梨央と優に尽くした加瀬さんみたいだねなんて話をしたが、もしここがドラマとのタイアップが来る前に出来ていたりしたとしたらちょっとゾッとするわよね。『Flavor Of Life』なんかもそうだけど、ヒカルは既に手をつけている曲を後からタイアップに合わせて変えていく手法も取るので、その可能性はないわけでもない。英語歌詞というのも、仮歌で入れてみただけの歌詞という可能性を含ませてしまう。つまり、『Rule(君に夢中)』の歌詞はどの時点で書かれたのか見当もつかない。

勿論こうやって2023年に公開してるのだから元々のプロトタイプから更に一部改変されている、ということもあるだろう。だから何もわからないと言ってしまえばそれまでなんだけど、「最愛」の登場人物たちのその後が描かれていたりすると解釈するのもまたちょっと楽しかったり。自転車に乗って私の街まで迎えに来て、とかね。まーそこらへんは、リスナーが自由に想像で遊んでいい所なんじゃないでしょうかね。

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今週はついつい英語歌詞の細かい所から話を始めてしまった。だってさ、この新しいライブミニアルバムの2曲の素晴らしさなんて聴けばわかるじゃん?? 何か言うまでもないじゃん?? いきなりディテールから切り込んで構わないと思っちゃったのよね。

でもそれって無意識日記の存在否定みたいなもんでなー。思ったことをちゃんと書いて残して後から読めてこその日記なんですよ。言うまでもないこと、わかりきったこともそうでないことも総て平等に記しておくから前に進める。

なので思い直して普通に総評と感想を書こう。2トラックとも心底素晴らしいんだ。


今宵は『Rule(君に夢中)』の方を取り上げようか。兎に角聴きやすい。すっと入ってきてじんわりあたたまる。冬場寒い外から家に帰ってきて最初に淹れたココアみたいに身に心に沁み入り渡る宇多田ヒカルの優しく切なく響く歌声。堪らない。

スタジオ盤の『君に夢中』はサウンドがとても重厚だった。敷き詰められたピアノの低音アルペジオがひっきりなしに鳴り響いていて、キャタピラで氷と雪を均していくような、そんな分厚いサウンドだった。休符知らずに16分音符を並べ続けたサウンドってのは私としては大好物なのでそれはもう何百回と堪能させて貰ったが、翻ってこの『Rule(君に夢中)』のサウンドの隙間の多さ、そして耳当たりの優しさはどうよ? まるで別物の音像になっている。踏み固められた雪道とふんわり粉雪くらいに違う。

同じスタジオライブでも、『Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios 2022』の方は「生演奏で如何にアルバム『BADモード』の重厚で複雑なサウンドを再現するか」に重点が置かれていた為、バックコーラスのフォローも含めて非常に緻密で綿密なサウンドだったが、こちらはドラムにベースにピアノがメインでたまにギターが顔を出す程度。その上ピアノもベースもスタジオ盤と全く真逆の方向性で至る所休符だらけ。寧ろ音符より休符の方が多いくらいよね。

隙間が多い割に、各演奏者は非常に達者に要所を押さえて痒いところに手が届いてくれる為、まるで見守られているような包まれているような暖かさの中でヒカルのエモーショナルな歌声を味わい尽くせるのだから堪らないったら堪らない。歌自体のアプローチはスタジオ盤のそれと大体同方向だが、特に英語歌詞はスタジオ盤の日本語歌詞に較べてセンテンスを減らされており─例えば日本語歌詞でいうと『ここから先はプライベート』の部分は歌が無い─、余計にサウンドの余裕があからさまになっていく。しかし、声自体の醸し出す切なさはいつも通り…というかバックコーラスが皆無なお陰で歌声が空間に散逸しない為スタジオ盤より更に切なく言葉と旋律が真ん中に集中している。ヒカルの歌声を噛み締めたいと思った時、このメインヴォーカル1本のみという状況は焦点が定まっていて実にいい。聴いていて惑わない、迷わない。聴きやすさというのは、この、聴き手が注意を散漫にしようがないシンプルな音作りに依るところが非常に大きい。じっくりヒカルの歌声を堪能できる。嗚呼、他の『BADモード』の楽曲もこの編成とこの方向性のアレンジで聴いてみたいですわ。


そしてこのサウンドの方向性を突き詰めた先に「360 Reality Audio Version」が待っているはずで。これを聴くのが私楽しみでなりませんねん。生配信当日はネット接続不良の為早々に聴くのを断念したのでね。一応直前に360RA対応のヘッドフォンも手に入れたんだけども。どうせならSONYによる360RA版のみならず『First Love 2022』や『初恋 2022』のようにAppleのドルビーアトモス版もリリースして欲しいとこなんだけど無理ですかね。贅沢言い過ぎかな。とにかくこの余裕と優しさのある大人なサウンドは立体音響との相性が抜群極まりないので、首を長くしてそちらのリリースも待ちたいと思います。それまではこのステレオ版を何度も堪能しておきますんで。

それにしても、いい。いいなぁこのライブミニアルバム。堪らないです本当にね。

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で話を戻すと。

『Everybody's got their eyes on you』

は「誰しも君を見て振り返る」みたいな意味だから、いわばこの状況そのものが“you rule”なのだ。「君しか勝たん」状態だね。だから『I let you rule』という歌詞は過去形でも現在形でも過去形でも大して意味は変わらない。

一方、『I never let you conquer me』の方はというと。その直前の歌詞が

『Can't believe you met someone cool』

となっている。意味は「君がそんなステキな(coolな)人に出会ったんて信じられない」みたいな感じだが、真ん中が『you met』と「meet/出会う」の過去形になっている。

なのでこの歌詞の流れで『you met』から『I never let』に続くと、このletを過去形に受け取る人が出てくる事もまた自然だ。対比或いは対照としてね。

ここを「ただ韻を踏んだだけ」ととるかどうかで読み取り方が変わってくる…

…うむ、話がややこしくなってきたな。自分で書いててそう思った。

なので、細かい話はこの後も続くのだがそこをすっ飛ばして結論だけ書くわ。この

『I never let you conquer me
 I let you rule』

という歌詞は、ひとつには

「惚れられたかった訳じゃない
 ただ君に最高に輝いていて欲しかったんだ」

という訳し方が出来て、これってドラマ「最愛」を思い出すと加瀬さんの台詞だよねという結論。最愛の相手ではあるけれど恋愛対象ではなかったというかね。英語のLoveは恋でも愛でもあるけどここでは恋ではないけど愛ではあったという話。まぁ、親目線ですよねぇざっくり言えば。ざっくりですが。

もうひとつには、

「君に私の総ては奪わせない
 とはいえ君は最高だ」

という訳し方もあって、これはドラマ「最愛」でいうと…誰だろ?すぐには思い付かないけど、『君』が余りにステキすぎて夢中になり過ぎて私が壊れちゃう。それはマズい、みたいな話。『君に夢中』って邦題を回収する感じだね。この訳し方が必要だと思うのは、この『Rule(君に夢中)』という曲がアウトロでひたすら

『I never let you conquer me』

を繰り返すから、なんですよ。いわば、この部分は「この曲でいちばん言いたかったこと」なはずなんです。なぜか曲名を含んだ『I let you rule』の方じゃない。となると、ここを連呼する拘りは、「決意表明」だと解釈するのが自然な訳で、そうなると…というはなしはまた細かくなるのでバッサリ切ります。(酷ねぇ)

どちらが正解かはわからない。どちらも正解ではないかもだし。ただ、仮歌をそのままリリースしたようなトラックかと思いきや実はめっちゃ複雑な歌詞かもしれないという警戒心は出てきちゃいましたわ私の中で。もうちょい整理されたらまた戻ってきますね。

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で前々回の続きになるわね。letの過去形は同じくletなので、

『 I never let you conquer me
  I let you rule』

に出てくる2つのletは現在形か過去形かわかんないのですよ。neverがdon'tやdidn'tやhaven'tならよかったんだけどねぇ。neverは時制に依らないのでね。

で。これが現在形でも過去形でも大して意味が違わないなら気にしなくていいのだけど、これがかなり変わってくるんだな。conquerには「ハートを射止める」とか「口説き落とす」とかいう意味があった。ここは短く「惚れさせる」で統一すると、

『 I never let you conquer me』

のletが過去形とすれば

「私は君に惚れさせれたことはない」

になる。現在形だと

「私は君を決して私に惚れさせない」

になる。前者は事実の話で、後者は決意の話だ。本来ならそれらは現在完了形と未来形で書かれるものなのだが、過去形と現在形でも似た意味に成り得る。この2つ、ニュアンスが違ってくるでしょ? さてどっちが正解なのでしょう?


というところで、答を導くために更に歌詞の他の場所を見てみよう。英語歌詞の最初の部分。

『Everybody's got their eyes on you』

ここの意味は

「誰もが君のことを目に留める」

みたいな感じ。「道行く人が皆君を見て振り返る」みたいな、歌詞にありがちなフレーズだね。

ここ、英語を勉強中の人は気になるかもしれない。everybodyは単数形の語なのにそれを受ける代名詞がtheirなの?複数形っておかしくない?と。

いやその通りなんだけど、「どの一人も」っていうときに老若男女を想定してる場合he/hisにもher/herにも限定出来ないからここはtheirにしちゃうのが通例なのよね。決まり文句みたいなもんだしね。

だなんて言うと、読者の方はヒカルがInstagramで自らの英語での代名詞を『she/they』にしていた事を思い出すかもしれない。そういえばノンバイナリの人はthey/theirを単数の代名詞として使うんだっけ?と。

今回のこの『their eyes』のtheirは、強く「ノンバイナリを想定して」と言える使い方でもない。とはいえ、ふと考える。今後のヒカルの書く英語の歌詞ではこのthey/their、増えてくるんじゃないかな?と。今回のは然り気無いとこだけど、次からも似たような「穏当な使い方」をひとつひとつ重ねていって、ノンバイナリのthey/theirが歌詞の中で自然に使われていく状況をヒカルは作っていくかもしれないなと。

ヒカルは昔から、現況と出来るだけ摩擦を起こさずに変化を取り入れる事をしてきた人だ。性自認の問題も、もし歌詞に取り入れるとしたら、センセーショナルなやり方とは真逆の、「いつの間にか馴染んでた」みたいなやり方で来るんじゃないかな。その嚆矢がこの『Everybody's got their eyes on you』の一節だったと、後から振り返ることになるのではと、今から未来が楽しみな私でしたとさ。



…って、あれれ? letの話をしてたつもりがいつの間にかtheirの話になってた! 失敬しますた。ヒカルもこんな感じでなだらかにいろいろと変えてくるのかもよ??(どーだかw)

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っとと、前回の話を続ける前に、ちょいと書き方が軽率だったので訂正気味に。

『Hop on a Citi Bike and come to my Avenue』

の部分。耳で聴いてる分には日本語訳は普通に

「シティバイクに乗って私の居る所まで来て」

みたいな意味でいいと思うが、歌詞を目で読むと『Citi Bike』と『Avenue』の頭文字が大文字になっている。サブスクの歌詞の適当さを考えると単なる誤植の可能性もあるかと一瞬思ったが、この文のわざわざ3つの単語の頭文字だけを大文字に“間違える”というのはなかなかに有り得なさそうなので、ここはヒカルの提出した歌詞テキストがこうなっていた、と考えるのがいちばん自然だ。同じ理由で『with you』が『we do』に…という話は今は置いといて。

となると、『Citi Bike』というのは、これが固有名詞だとすると

「ニューヨークを中心に展開されているレンタサイクル・サービス」

のことを指していることになるし、『my Avenue』というのは

「ヒカルが生まれた、或いは住んでる通り/街」

を指していることになる。繰り返すが、耳で聴いてる分にはこれはわからない。大文字と小文字で発音に差はない。あクマで、「歌詞カード」上での話だ。

ニューヨークのレンタサイクル・サービスやヒカルのNYの生家/住処がここで登場するのは不自然ではない。というのも、ヒカルは『君に夢中』をニューヨークで作っていたからだ。


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去年の夏に久し振りにニューヨークに帰ることが出来て。そこで『ワン・ラスト・キッス』のプロデュースとトラックメイキングを一緒にしてもらったA.Gクックもその時期だったらニューヨークで落ち合えるみたいな話になって。でそこで初めて彼と実際に会って、同じ部屋で一緒に作業できて。何日か掛けて。それが凄い楽しかったです。ニューヨークに帰れたことも凄く嬉しかったしそこで久し振りに会えた友人とか、街が回復し始めてまた色んなものが開いたり、生活が少しずつ元に戻ってる状態のニューヨークに行けたことが凄く嬉しくて、なんかそういう喜びとかのエネルギーみたいなのが─曲自体妖しい曲なんですけど(笑)─曲に表れてるなぁと思います自分で聴いても。

https://open.spotify.com/track/6coak3RhisUTqQWQdRSyP8


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この発言からもわかるとおり、『君に夢中』のトラックは、ニューヨークで得られたエモーショナルなエネルギーが込められたものだ。それが歌詞にも表れていたとしても不思議ではないだろう。英語の歌詞が先に来ている事も窺える。というか、ここ仮歌のまんまじゃねーの実は!?

『気分じゃないの(Not In The Mood)』の生誕とリリースによってヒカルは「実話を基にした歌詞」を解禁した。日本語版の『君に夢中』のリリースはその前、『Rule(君に夢中)』の作業開始は更にその前になるかと思われるので、その時点では実話を基にした歌詞を公表する気は無かったかもしれない。だが2023年の今は違う。

なので、『Citi Bike』と『my Avenue』の頭文字が大文字になっているのは、歌詞を目で愛で読む人に向けての遊び心というか、実はホントにヒカルがともだちにメールして(かどうかは知らないが)レンタサイクルでこっちまで遊びに来て貰ったんだよと伝えたかったのかもしれない。真相はわからないけど、そんな風に空想すると楽しいぞということでひとつ。

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『Rule(君に夢中)』の一節、

『 I never let you conquer me
  I let you rule』



「君に私のハートは射止めさせない
 君に最高でいてもらう」

という日本語訳になりそうだが、これだとイマイチピンと来ないな、という話だった。で、もっとしっくり来る訳を当てようと検討してみたのだが…これ、当初思ったのよりずっと複雑かもしれない。


とにかくまず、この一節がどんな文脈で現れているのかを把握するために前後の文章をみてみよう。ここの前は、

『Oh baby baby you you you oh
 Can't believe you met someone so cool』

で、この後は

『Hop on a Citi Bike and come to my Avenue』

である。後の方は素直に訳せばいいかと思う。グーグル先生によると

「シティバイクに乗って、わが通りに来い」

になるそうな。なんでそこ「わが通り」って偉そうなの(笑)。まぁ有名人だと自分の名前のついた道あったりするけどさ。ここは素直に「私の居る通り(おうちのある場所とか)にシティバイクに乗って来て」ということだろう。

そこはいい。問題はその前である。まず、歌詞カードだけみるとここは誤解しやすい。というのも、

『Oh baby baby
 you you you can't believe you met someone so cool』

という区切り方で載っているから。これだとついつい“you can't believe~”と読んでしまう。それで訳すと「君は~が信じられない」となるのだが、実際の歌を聴いてみると、さっき書いた通り

『Oh baby baby you you you oh
 Can't believe you met someone so cool』

という風に『you you you』の次に『oh』が入るのだ。なのでyouが主語とは限らない。“I can't believe”の主語“I”が省略された形という事も有り得るんよ。しばしば“can't”を強調するためにとられる用法だ。

なのでここは念の為二通りの訳を考える。"you can't beleive ~”だとすると

「自分がこんなステキな人に会えるなんて信じられない」

となるし、“I can't believe~”だとすると

「君がそんなにステキな人に出会っただなんて(私はとても)信じられない」

という風になる。ここで訳し方が二つに割れるのだ。

じゃあどっちが適訳なの?となるのだが、ここで更にややこしい事態になるのよねという話からまた次回…なんだけどちょっとヒント(というか答?)を先に書いとこう。「動詞letの過去形ってなんだっけ?」

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ではその『you rule』を歌詞に含むパートを全体でみてみよう。

『 I never let you conquer me
  I let you rule』

こうなっている。意味を調べようと翻訳に掛けてみた人は戸惑った筈だ。試しにグーグル先生に訊いてみると

「 私はあなたに私を征服させません
支配させてやる」

となるのだから。え?征服はさせないけど支配はさせるの?どう違うの?いやそもそもラブソングでそれってどういうこと?突然物騒だよね?と疑問は尽きない。

そう、conquer とruleは類義語なのだ。意味は大変似通っている。用例をみるとconquerは征服行為そのものを指し、ruleは支配してる状態を指す、というちょっとした傾向の差異は見られるものの、似たり寄ったりなのは変わりない。

この、「類義語を並べて困惑させる」という手法を我々はヒカルの歌で知っている。以下の一節を思い出そう。

『今言うことは 受け売りなんかじゃない
約束でもない 誓いなの』

『誓い』の2番のサビの歌詞だ。これを初めて耳にした時に多くの人が「約束と誓いの違いって何だろう?」と頭を悩ませたかと思う。それと同じ事をヒカルは今回の『Rule(君に夢中)』でもやってきたのだ。今度は英語でね。

なので、ここで「征服と支配ってどう違うの?」と頭を悩ませるのは、リスナーとして“適当な”反応である。ヒカルが意図したという意味でね。存分に悩むがいい。

しかし悩みはもうひとつ重ねがけされている。征服と支配について考えると言っても、前回から繰り返して言ってる通りこの歌はラブソングな訳で、そもそもこんな言葉が出てくることがおかしい! もしやDVみたいな深刻な話?それとも真逆の性癖の話?と困惑すること請け合いである。

だが、ruleには「君しか勝たん」という別の意味があったことは前回も指摘した通り。別というか自動詞としての用法というのが正確だけど。ならばconquerにも別の意味があるのではないか?と辞書を引いてみるとこういうのがある。


***** *****


3他〈名声・敵意などを〉(努力して)獲得する;〈異性を〉征服する,くどき落とす
conquer a person's heart:人の心をとらえる
https://dictionary.goo.ne.jp/word/en/conquer/


***** *****


そう、上記をまとめると、conquerには、「ハートを射止める」みたいな意味もあるのです。これでぐっとラブソングっぽくなってくるんですよ。


つまり、要約すると。
『Rule(君に夢中)』のサビの一節である

『 I never let you conquer me
  I let you rule』

は一聴すれば

「 私はあなたに私を征服させません
支配させてやる」

みたいな物騒な響きになるんだけどよくよく歌詞の意味を吟味すると

「君に私のハートは射止めさせない
 君には最高でいてもらう」

みたいなちゃんとしたラブソングの一節になっているのですよ、という話でした。

類義語を対比させ惑わし、更にラブソングらしからぬ単語を用いて惑わすという「困惑の重ねがけ」がこの一節の特徴だったのよ。

まぁ、類義語の対比は今見たように『誓い』にもあったし、「ラブソングらしからぬ単語を使う」ことに関してはそもそもこの人それまで自動車運転用語だった『Automatic』って曲名のラブソングでデビューしてるからね。そりゃ得意ですよね。


で、その

「君に私のハートは射止めさせない
 君に最高でいてもらう」

という和訳は少し熟れない気がするので、次回はここをちまちまとブラッシュアップ致しましょうかね。

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『Rule(君に夢中)』というタイトルを耳にし目にした瞬間、誰しもが思ったことだろう、「なぜに“ルール”なの? “規則”とかって何か関係あるの?」って。

確かに、“rule/ルール”という単語、名詞の場合は日本語で“規則”という意味なのだが、実際の歌の中では

『I let you rule』

という箇所で登場している。名詞ではなく、動詞として使われていたのだった。しかし、動詞になった場合の“rule”の意味も「統治する、支配する、判決を下す」といったお堅いものばかりでラブソングにそぐわない。というか、そもそもこの意味の場合は他動詞なので、ruleの後に目的語が来ないといけない。しかしこの歌の歌詞では『you rule』で止まっている。この場合は…あたしが考える前にHironが指摘してくれてたわ。


***** *****


「Rule」にした意味は何だったんだろうと思ってたら、どうやら「君は最高!」みたいなスラングもあるみたいで最高じゃんってなっているところ。
https://twitter.com/Kukuchang/status/1626057458975408128


***** *****


そそ、『you rule』のように自動詞としてruleを使った場合「あんたは最高!」みたいな意味になるのよ。「“あなたが支配する”がなんで“あなたは最高!”になるの?」というのが日本語の感覚なのだが…いや、“だったのだが”という方が正確か。近年、この場合のruleの使い方のいい日本語訳が出来たのだ。えぇと、例えばそうね、

“Utada Hikaru rules !”

みたいなのは

「宇多田ヒカルしか勝たん!」

と訳せば通じるようになったのだよ最近は。いやぁ便利になったもんだ。つまり、「このエリアは私が圧勝だから支配してるようなものよね!」って感じなんだろうねきっと。なので『Rule(君に夢中)』の『you rule』は

『君しか勝たん!』

即ち

『君は最高だ!』

という意味だと思ってほぼ間違いないかなと思う。そして勿論、

『you rule/ユー・ルール』

の発音は

『夢中/ムー・チューウ』

と音韻が揃っている。意味も音もきっちり合わせて来ているのだから毎度の事ながら見事なものです作詞家ヒカルさん。まーつまり、ここの部分に関しては日本語歌詞も英語歌詞も大体似た意味になってるってこった。


ただ、『君に夢中』と「君は最高」は確かに意味が似通ってるが、全く同じではない。この歌のタイトルは「“私が”君に夢中」って意味だからね。「私は君が最高だと思う」から更に一歩踏み込まないといけない。となると……その『you rule』の直前の歌詞も見てみないとねという話からまた次回。

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そして『Rule (君に夢中) (Live 2023)』の出来栄えときたら…と語り出す前に、そうよ、曲名表記統一してくれへんか?

『Rule (君に夢中) - Live 2023』(Spotify)

『Rule (君に夢中) [Live 2023]』(Apple Music)
『Rule (君に夢中)(Live 2023)』(mora)

なんでことごとく『Live 2023』の扱いが違うねん!

いや勿論どうでもいいっちゃどうでもいい。みりゃわかるんだから。だが私(ら)は今年のライブコンサートツアーを熱望する身! そして当然それを収録した映像作品と、そしてあわよくばその音源~ライブアルバムを所望する身でもある! もし万が一今年この『Rule (君に夢中)』がライブで披露されたら曲名表記に『Live 2023』が加わるのよ! そんときにサブスクで検索したらこの『40代はいろいろ -Live from Metropolis Studios』のバージョンも一緒に引っ掛かる訳で、並んだら間違いなく紛らわしい。当然、なんらかの区別が必要になってくる訳でいやそこはもっときっちりいろいろ取り決めといて貰わないと混乱するやんか。アートワークで区別がつくとはいえ、ですよ? スマートウォッチとかだとジャケット表示されなかったりするしさ。

まぁそういうの、ここでは書いてなかったけど『Passion』で散々思ったんだけどね。バージョン沢山あるからね。括弧書きかハイフンかはっきりしなさいなっ!てな。『(after the battle)』の場合と『- after the battle-』の場合と両方あるのよ。日記書きとしては大変鬱陶しい。その都度そのとき目に止まった方を書いてはいるんだけど、最初っから統一して欲しいよね。

どうにもサブスクでは文字関連のデータの扱いが粗い。歌詞の間違いなんて他のアーティストでは日常茶飯事だったけど、いや今回この『Rule (君に夢中)』でも1箇所あったからね。あんたら1回くらい聴いて確認しなはれやと思うけど、担当者が英語に不案内なら気づかんわな。あたしもイタリア語部分にもし既に間違いがあったとしても気づいてないと思うもの。

でもサブスクで歌詞見てる人多いと思うよ? どういう段取りで歌詞が組み込まれてるのか、どういう手順でクレジット表記が挟まれてるのか知らないけれど、これ普通の出版物だったらせめて第2刷以降は訂正されるやつだからね~。もっとキッチリしといて欲しいもんですわ! ……と力説する無意識日記執筆者、今日も自分で書いた日記に誤字を発見して項垂れているのでありました。人のフリ見て我がフリ直せ、ですな。とほほほほ…。

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前回と同じ話になっちゃうけど、重荷を降ろした『First Love (Live 2023』の軽やかさって、私これ無性に泣けてきちゃうのよね。今までこの曲にどんだけ重いモノを背負わせてきたんだろうって。よくひとりでこんだけのものを背負い込んで生きてきたなぁ。確かに、もう身軽になっていいよ。なって欲しいわ『First Love』には。


昨夏にヒカルが言っていたことを今一度思い出す。

『人に頼るっていうことは、いいことだと思うんですよね。自立した人間であるということは、いろんな人にちょっとずつ頼ること。それが依存の逆の定義。』
─── 2022/8/6sat NHK「ライブ・エール」より

曲も人といっしょだと思うのよ。曲に頼るのはいいことだけど、1曲にだけ頼り切ってしまうといけない。いろんな曲にちょっとずつ頼ることで、自立した音楽家になっていける。ヒカルは最初の12年でそれを既に実践していたけれど、更に次の12年でも(実働は半分の6年だが!)それを甚だしく押し進める事が出来ている。そこんとこを音楽で表現したのが『First Love (2023)』なんだと思うと、24年の重みあってこその軽やかさなんだなって…今まであれやれやとヒカルが泣いてきた場面を思い出して貰い泣きしてしまうぜ。いろいろあったもんねぇ。

しかしヒカルはこれからの10年の方こそ『いろいろ♫』なんだと言って憚らないのだから堪らない。重みあってのフットワークの軽やかさでいろいろチャレンジしていくに違いない。


ふむ、これを読んでる人の中にも、いろいろと背負いすぎてる人は居ませんか? あれもこれも自分でしなきゃって追い込んで思い詰めちゃって。自分の周りの状況が変わらないとどうしようもない、っていうのはホントそうで、でも心の奥底では誰か少しでもこの負担を分け合ってくれたらいいのにっていつも願っていたり。そういう人ほど今回のニューライブミニアルバム『40代はいろいろ -Live from Metropolis Studios』のサウンドは泣けてくる気がする。しんみり、しみじみと。

逆に、特定の周りの誰かに頼り切って毎日を生きてる人も居てはるかもね。そういう人は、このサウンドに触れて、いろいろと考え直しちゃうかもしれない。ひとりっきりにあれもこれも背負わせちゃってる現状は、どうなんかなと。

あたし普段音楽聴くときこういう「外側の情緒」を持ち込むことをあんまりしないのね。純粋に音だけ聴いて楽しみたい方だから。だから「音源化」「サブスクリプション・ストリーミング・サービスに登録」「商品化」「フィジカル化」が大好きなんですよ、そこに確固とした枠組が出来上がって環境や周囲と区別されるから。雑踏の中に埋もれちゃわない、と言いますか。

だけどこのヒカルの最新の2023年のサウンドは、そういう、部屋でヘッドフォンで集中して聴くだけではない、開かれた可能性を今までになく感じさせてくれるというか。ふとした時にこのサウンドが小耳に挟まった時になんかいい、やたらいい、と感じさせてくれそうで。人生のサウンドトラックというか、いやもう生活のサウンドトラックかな?? これを何気なく流しながらお茶を淹れるだけで無性に幸福感を感じられて…やっぱそのうち泣けてきそうで。

一般的に「大人の音楽」というと、落ち着いていたり、渋味があったり、重みがあったりといったイメージもあるけれど、この軽やかさ、軽快さ、爽やかさの中に「宇多田ヒカルが物凄く大人びていた件」を強く感じるとは、聴く前は思ってもみなかったわ。音楽家としての自立と、周りの仲間たちへの信頼と、リスナーとの距離の取り方と。何もかも「大人になったなぁ」と深々と思うわけですこの音を聴いてると。いやほんと、ライブ・バージョンだし初出でもない音源なのだけど、この『40代はいろいろ -Live from Metropolis Studios』って作品は、後々宇多田ヒカルの歴史を語る上で欠かされざるべき逸品として語り継がれていく予感が物凄くしています。……ベッタベタな締め方をするしかないな今夜は! そう、この1枚を聴き逃す手は無いぜ! Don't miss it !!!

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無事『40代はいろいろ♫』のアーカイブ動画と音源配信が始まった。もうネット接続不良に悩まされることなく存分に楽しめるぞ!
スウェットの販売も決まって至れり尽くせりだねこりゃ。

しかし、考えてみれば、いや大して考えなくてもわかることか、『First Love (Live 2023)』と『Rule (君に夢中) (Live 2023)』のカップリングって強力だねぇ。片やオフィシャルYouTubeで常に宇多田ヒカル再生回数トップを走る永遠のスタンダード・ナンバー、片や年間最も好評価を集めたドラマの主題歌にして1億回再生を突破した新しいスタンダード・ナンバー。いやこんな組み合わせでEPを発表できる邦楽アーティストが今あと何組いることか。それをデビュー24年のベテランがリリースしてるんだから凄いの一言。

しかし音源自体はそんなこちらの熱の入りようや肩の力の入れようとは全く異なるといいますか。特に『First Love (2023)』の方は物凄くリラックスしたサウンドに仕上がっていて、ものっそい肩の力を抜いて貰ってしまった。いや何この優しさと慈しみと軽やかさは。

それはまるで、『First Love』という楽曲に対して「おつかれさまでした」って言ってるみたいで、なんだか、楽曲から直接じゃなくて、メタに切なくなってしまった。今まで宇多田ヒカルってでっかい名前の看板を背負い続けてくれてありがとう、みたいな。

タイミングが凄いよね。Netflixドラマ『First Love 初恋』の大ヒットを受けての『First Love』の猛烈なリバイバル・ヒットを受けてからのこれだもの。公式としても7インチシングル盤をついこの間出したばかり。そこでこの2023年のニュー・アレンジメントなのよね。何この絶頂期に引退みたいな雰囲気は。山口百恵かキャンディーズか。(昭和も昭和だなっ)

繰り返してきたとおり、ライブ・コンサートでの『First Love』は、観客の期待に応えるために極力オリジナルに近い編曲と歌唱で演奏されてきた。アップテンポになったりバラードになったりサビから始まったりと自由自在極まりない『COLORS』なんかとは対照的に。その自由が、この2023年のバージョンで漸く『First Love』にも解禁になるのかもしれない。

『Flavor Of Life』『Prisoner Of Love』『花束を君に』『初恋』『One Last Kiss』そして『君に夢中/Rule』と、コンサートのハイライトを任される楽曲が存分に出揃ったというとこだろうか。責任から解放された自由が、360RAを睨んだ空間的なアレンジの其処彼処に漂っている。ただ、責任から解放されたってだけで元気満々現役感バリバリなので、セミリタイアというよりはセカンドキャリアって雰囲気だけども。

そうね、特に、2番のアタマから入ってくるドラムのビートはヒカルがブレイクする前の状態を想像せずにはいられない…とかいう話はまたの機会にするとして、今はこちらも肩の力を抜いてこの新しいバージョンを楽しみたいと思いますです。ホントにステキ。

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そういえばヒカルさんさ、Twitterのフォロワー数があともうちょい(3週間くらい?)で333万3333人になるんだけどそれに合わせてもう一人フォローしてフォロー数33人にしとく気ぃない?

…とかいう数字遊びの話はあんまり興味ないんだっけかなと言おうとしたんだけどそういえばヒカルさん、去年の今頃『BADモード』フラゲ日が2022年2月22日だからって『ダブル猫の日!』とかって燥いでたし、2022年新年早々絆創膏2つ見つけて縁起がいいとか言ってたし、興味なくもないじゃんとも思ってみたり。

確かに、この間『売り上げとか再生回数とかじゃないこういうの尚更嬉し』とかって呟いてたけど、『尚更』なのよねココ。売り上げも再生回数も嬉しいもんなんだ。一番じゃないってだけで。


…って、しまった、(前回から)話が逸れてたな。YouTubeに今回動画がアップされるにあたっての話だった。


長らく宇多田ヒカルオフィシャルYouTubeではプロモーション・ビデオがその主役の位置を占めていた。ヒカルに言わせれば『くまちゃん会社訪問』こそがメインなのかもしれないが、兎に角短めの動画が主体で、歌以外の動画も様々なイベントについて短くまとめた(本来の意味での)プロモーション・クリップが大勢を占めていた。

ところが、ここ2~3年は様子が変わってきた。YouTube本体の技術的な仕様変更は前提として、プレミア公開で『HIKARU UTADA Live TOP FAN PICKS』なる企画を開催したり、最初はInstagramの不安定さに仕方なくだったのかもしれないがインスタライブの動画をYouTubeにアップしたりして、再生時間の長い動画が増えてきたのだ。そして昨年の数々のDJタイムが続々とアップロードされて、今や1時間前後のものが幾つも並ぶような一覧になった。

ここに今回の『40代はいろいろ♫』が加わるというのは地味に節目になるかもしれない。オフィシャルYouTubeがプロモーション・ビデオ/ミュージック・ビデオ置き場だったのが、「宇多田ヒカルが開催したイベントの動画置き場」としての存在感を増してくるということだから。もっと砕けて言うと「動画の番組化」が進んでいくかもしれないのだコレ。

インスタライブはヒカルがひとりでつくれるという点では優れているが、アーカイブの不安定さが懸念材料なので今後もYouTubeに避難してきてくれるだろう。それが蓄積されていくと検索利便性は較べるべくもないのでYouTubeへのアクセスがメインになってくる。いやもう最初っからYouTubeLiveでいいのではとも思うけどまぁそれは今は置いといて。

なので、ここらへんでそろそろ、スタッフさん、オフィシャルYouTubeの模様替えをしてもいいんじゃないかしらん。宇多田ヒカルがYouTuberになる必要はないけれど、『40代はいろいろ♫』動画置き場となればあれやこれやと様子が変わるだろう。更にこれから、アナウンスはまだだけど、360RA置き場にもなるとファン以外のオーディオマニア達がやってきてくれるかもしれないわね。そういった事を総括しながら、YouTubeを活かした新しいプロモーション体制が必要になってくるのではないかな。

差し当たっては、『40代はいろいろ♫』のアーカイブ動画がどんな反応を得られるか様子を見てみるところから。吉高由里子や佐藤健のファンも観に来るだろうし、そんな中で新たにヒカルのことを好きになる人も出てくるかもしれない。ここらへんでも、新しい展開が期待される。ヒカルのひとり喋り姿がどんな反応を得られるか。もうほんと文字通りいろいろ♫楽しみでなりませんなこれはっ。間もなく公開でっす!

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