無意識日記
宇多田光 word:i_
 



『Rule(君に夢中)』の一節、

『 I never let you conquer me
  I let you rule』



「君に私のハートは射止めさせない
 君に最高でいてもらう」

という日本語訳になりそうだが、これだとイマイチピンと来ないな、という話だった。で、もっとしっくり来る訳を当てようと検討してみたのだが…これ、当初思ったのよりずっと複雑かもしれない。


とにかくまず、この一節がどんな文脈で現れているのかを把握するために前後の文章をみてみよう。ここの前は、

『Oh baby baby you you you oh
 Can't believe you met someone so cool』

で、この後は

『Hop on a Citi Bike and come to my Avenue』

である。後の方は素直に訳せばいいかと思う。グーグル先生によると

「シティバイクに乗って、わが通りに来い」

になるそうな。なんでそこ「わが通り」って偉そうなの(笑)。まぁ有名人だと自分の名前のついた道あったりするけどさ。ここは素直に「私の居る通り(おうちのある場所とか)にシティバイクに乗って来て」ということだろう。

そこはいい。問題はその前である。まず、歌詞カードだけみるとここは誤解しやすい。というのも、

『Oh baby baby
 you you you can't believe you met someone so cool』

という区切り方で載っているから。これだとついつい“you can't believe~”と読んでしまう。それで訳すと「君は~が信じられない」となるのだが、実際の歌を聴いてみると、さっき書いた通り

『Oh baby baby you you you oh
 Can't believe you met someone so cool』

という風に『you you you』の次に『oh』が入るのだ。なのでyouが主語とは限らない。“I can't believe”の主語“I”が省略された形という事も有り得るんよ。しばしば“can't”を強調するためにとられる用法だ。

なのでここは念の為二通りの訳を考える。"you can't beleive ~”だとすると

「自分がこんなステキな人に会えるなんて信じられない」

となるし、“I can't believe~”だとすると

「君がそんなにステキな人に出会っただなんて(私はとても)信じられない」

という風になる。ここで訳し方が二つに割れるのだ。

じゃあどっちが適訳なの?となるのだが、ここで更にややこしい事態になるのよねという話からまた次回…なんだけどちょっとヒント(というか答?)を先に書いとこう。「動詞letの過去形ってなんだっけ?」

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ではその『you rule』を歌詞に含むパートを全体でみてみよう。

『 I never let you conquer me
  I let you rule』

こうなっている。意味を調べようと翻訳に掛けてみた人は戸惑った筈だ。試しにグーグル先生に訊いてみると

「 私はあなたに私を征服させません
支配させてやる」

となるのだから。え?征服はさせないけど支配はさせるの?どう違うの?いやそもそもラブソングでそれってどういうこと?突然物騒だよね?と疑問は尽きない。

そう、conquer とruleは類義語なのだ。意味は大変似通っている。用例をみるとconquerは征服行為そのものを指し、ruleは支配してる状態を指す、というちょっとした傾向の差異は見られるものの、似たり寄ったりなのは変わりない。

この、「類義語を並べて困惑させる」という手法を我々はヒカルの歌で知っている。以下の一節を思い出そう。

『今言うことは 受け売りなんかじゃない
約束でもない 誓いなの』

『誓い』の2番のサビの歌詞だ。これを初めて耳にした時に多くの人が「約束と誓いの違いって何だろう?」と頭を悩ませたかと思う。それと同じ事をヒカルは今回の『Rule(君に夢中)』でもやってきたのだ。今度は英語でね。

なので、ここで「征服と支配ってどう違うの?」と頭を悩ませるのは、リスナーとして“適当な”反応である。ヒカルが意図したという意味でね。存分に悩むがいい。

しかし悩みはもうひとつ重ねがけされている。征服と支配について考えると言っても、前回から繰り返して言ってる通りこの歌はラブソングな訳で、そもそもこんな言葉が出てくることがおかしい! もしやDVみたいな深刻な話?それとも真逆の性癖の話?と困惑すること請け合いである。

だが、ruleには「君しか勝たん」という別の意味があったことは前回も指摘した通り。別というか自動詞としての用法というのが正確だけど。ならばconquerにも別の意味があるのではないか?と辞書を引いてみるとこういうのがある。


***** *****


3他〈名声・敵意などを〉(努力して)獲得する;〈異性を〉征服する,くどき落とす
conquer a person's heart:人の心をとらえる
https://dictionary.goo.ne.jp/word/en/conquer/


***** *****


そう、上記をまとめると、conquerには、「ハートを射止める」みたいな意味もあるのです。これでぐっとラブソングっぽくなってくるんですよ。


つまり、要約すると。
『Rule(君に夢中)』のサビの一節である

『 I never let you conquer me
  I let you rule』

は一聴すれば

「 私はあなたに私を征服させません
支配させてやる」

みたいな物騒な響きになるんだけどよくよく歌詞の意味を吟味すると

「君に私のハートは射止めさせない
 君には最高でいてもらう」

みたいなちゃんとしたラブソングの一節になっているのですよ、という話でした。

類義語を対比させ惑わし、更にラブソングらしからぬ単語を用いて惑わすという「困惑の重ねがけ」がこの一節の特徴だったのよ。

まぁ、類義語の対比は今見たように『誓い』にもあったし、「ラブソングらしからぬ単語を使う」ことに関してはそもそもこの人それまで自動車運転用語だった『Automatic』って曲名のラブソングでデビューしてるからね。そりゃ得意ですよね。


で、その

「君に私のハートは射止めさせない
 君に最高でいてもらう」

という和訳は少し熟れない気がするので、次回はここをちまちまとブラッシュアップ致しましょうかね。

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