無意識日記
宇多田光 word:i_
 



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『忙しき世界の片隅』という嵐神の歌詞、最初は何故ココに登場するのか腑に落ちなかったが先日この歌をEVAのラストに起用したらどうかと提案した事で何かピースが繋がった気がする。かのTV版最終話のタイトルは「世界の中心でアイを叫んだけもの」でコレはSF小説"TheBeastThatShoutedLoveAtTheHeartOfTheWorld"から取られたものだがBeast/Love/HeartといったHステ~SC2のキーワードが確りちりばめられており残るはTheWorld、そして中心と対比して片隅という訳だ。幾らか牽強付会気味だがヒカルの作品とEVAの最終局面を結び付けるに十分な繋がりはあるのではなかろうか。

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ワイルドというと野生味溢れる荒々しい様を想像してしまうが、WLはソレとは対極の、光の背中の美しさを筆頭に今迄で最も洗練されたステージだった。洒脱な(refined)、という形容が相応かは兎も角実際に観て更にこのネーミングの意味について考えさせられるという特異な展開にi_の場合なっている。極力整合性ある解釈に努めるならば、冒頭映像にあった様に宇宙船に象徴される高度に洗練され統率された世界に対しクマで心を護っていた中の人がソレの破綻を端緒としてキグルミを脱ぎ捨てソコからナマの歌声が飛び出てくる、ソレがワイルドライフのコンセプトかと思い至ったがどうだろう。

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「えっと目次にヒカルの名がないんだけど」と不満を呟きつつpp218,9に古河晋チーフのライヴレポを発見。ロキノンの芸風上当然なのだが、コンサートの模様と意義をエモーショナル且つ理知的に綴りコンパクトに纏めた良記事だ。ウチにもそういうレポを期待する向きが在るかもしれないが、今回i_はこの、12年の歴史で最もエモーショナルになっていい"暫しのお別れ"会に一切感傷を持たずに臨んだ為思い入れ溢れる記事は書きたくても書けない。折角チケット当選した癖にと眉を顰められそうだが、こういう機会だからこそ純粋に内容を吟味したかった。私が2晩最高に楽しんだ―何よりソレが必要だもんさ。

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幾ら昔TVで見たからナマで歌う時どういう構成かを知っていたとはいえ、ソレでもナマで聴くBWはエキサイティング且つ感動的だった。天下の3大ヒット曲オートマFLFoLの次に配されるという普通の曲なら泣き出しそうな局面に於いて堂々と最高潮を創出してみせた曲の力強さは勿論の事、鬼の様な難易度の歌メロをキッチリ唄い切った上に観客を煽り続け、(オリジナルのフェイドアウトと対比して)コレ以上は考えつかないというクールなエンディングで締めくくった光のシンガー/パフォーマ/アレンジャ/プロデューサとしての力量と奮闘は絶賛されて然るべきだろう。観客の、演奏後の拍手歓声の音量は全曲中随一だったよ。

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リードギターが活躍する曲は光の曲では極めて少ないが、ライヴでのSAKURAドロップスはその数少ないギタリストの聴かせ所の1ッだ。魅せるプレイが持ち込む華の色合いは、然し、ギタリスト毎に当然異なる。丁度今、ザネッチのツイート通りに映像が発売されるのなら、UU06の今剛,ITF10のラファ,WLの潤チャンと3者3様のプレイを心行く迄比較堪能出来る状況が整う訳だ。あクマで光の歌のサポートに過ぎないとはいえ同じ曲でもココ迄個々の個性が反映されたプレイが聴けるのかと驚く事になるだろう。ルーツがHR/HMなラファと"メタルは通過してない"潤チャン、光が自分で弾くとしたらどっちに…やっぱり今剛風味かな。

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『新年の挨拶と共にすぱっと終わらせ』る腹積もりだったツイッターを『先に期限みたいなのは設けない事にした』のは『終わらせる時が来たら自然と分かる』、即ちtimewilltellだからと光が言ってくれたお陰で、昨朝のエントリの問いにややコタエを貰えた気がして嬉しい。残り何日になるか判らない、というのは人活期間自体に元々付帯していた条件だし、ならばアー活期間も同様でなくば非対称な訳で、この方針が一番自然なのではないか。兎も角、光の場合未来の話をするのは希望や夢より予言に近いという事か。大きな青空の下では過去も未来も今と共に在るのだから。

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オリジナルと比較して最もライヴで地味に且つ劇的に変化していたのはBLUEだったのではないか。リズムが元々打ち込みで、然も私初めて聴いた時そのヒネリのないリズムパターンとアレンジに"まるでデモだな"と呟いた覚えがある程ストレートな印象の曲だったのに、リズム隊のスウィングするグルーヴのお陰で(音楽的には距離があるが)まるでボサノバの様な軽やかさと涼やかさのニュアンスを併せ持っていた。あの重い詞と悲痛なハイトーンの連続する曲調をライヴで再現していたらかなり緊迫した空気になっていた所を随分と"救って"くれた気がする。ライヴバージョンが手に入ったら是非夏に聴いてみたいね。

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残す所あと(今日含め)5日となった2010年、ITF10にWL、シンコレ2&新曲5曲にPV、ラジオ雑誌プロモにCM出演といった露出に加えそれぞれの仕事の総監督/プロデューサとしても活躍、更に800回以上のツイートと光としてはフルスロットルな活動量だった訳だがソレが各々年始と年末に集中していた為キャリア上最多忙だったという09年初頭と伍する忙しさだったのではないか。斯様な状況でも光にバーンアウト兆候が見えないのが「コレが終わったら(アー活は)休みだから」だと解っていた所為だとすると、"明日を夢見る"事で光は元気で居れてるんじゃないかと思ったのだが光はどう捉えているのかな。

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初めから(イヤ聴く前から)思ってた事ではあったが、CWTCは歌詞を読めば解る通りアンチクリスマスソングである。"アナタへの愛情はクリスマスが来ようが来まいが関係ない"から『I'mAlreadyAhLovingYou/もうキミに恋してる』と歌う訳で、換言すれば「クリスマスにだけ盛り上がる気持ちじゃないんだよ」って事だからまぁクリスマス型恋愛(なんだそりゃ)へのアンチテーゼだな。なんて事言ってる割に確り"2人きりのクリスマスイヴ"なんて歌詞を入れてくる辺り巧妙というかサービス精神旺盛というか。多分大多数の読者が思うだろう事を敢えて書いておくか―「今夜光と2人きりで過ごすヤツ、羨ましい!」w

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とうとうXmasEveが来てしまった―"リア充爆発しろ"と思わない人もそんな感慨に陥ってるのではないか、ペプCMがオンエアされなくなるのだ。残り364日てな感じで"来年のクリスマス迄待てない"と読み換えて聴き続けるのは私も同じだが、気が付いたらMy携帯の曲再生回数No.1は既にCWTCになっていた。過去に"今年の1位はGBHでキマリ"と書いたが、配信分とシンコレ2分が別カウントになるのをスッカリ失念していた為5位&7位になってしまった。前半不動の1位2位だったWINGS&ぼくはくまは各々6位&8位に後退、改めてこの1ヶ月の新曲5曲のヘビロテ率が異常だった事を思い知らされましたよ。

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ラストインライン(live)等のロニーの絶唱を聴きながら、彼が史上最高のシンガーであると共に"校長先生"と渾名される程総ての同輩後輩から尊敬される「人格者」であった事を思い出す。然るに、既に人間的魅力がMaxを振り切っている光が尚人活を通して成長する余地があるとすればこの「人格者」としての資質ではないか。能力面はアルバムPVライブ&Videoを総てプロデュースする超人ぶりなので問題ないが、未だにファンに"安心"を与える事だけが少ない。「あの人に任せておけば大丈夫」と太鼓判を押されてこそ人格者だが、果たして光がそうなる事をファンが望むかどうかは判らない。

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私的なバイアスを除いても序破でBWに感嘆した向きの人活宣言に対する"Qどすんの?"という心配の声はかなり大きいと思える。未々予断も油断も禁物だが、ラジオコメントによると光はリミックスに殆ど関わってない様だし新たなリミックスを誰かが行えば事足りるだろう、というのが現時点での楽観的な予測だ。"歌"の占める比重が大きくなりつつある同連作に、ソレでも何か新しい風を入れたいのなら嵐の女神がハマるだろう。残りの展開次第だが、エンディングにこの歌が掛かれば誰も敵わない。あの森永のCMはオンエアも貴重な様だし、趣旨からいってもダブルタイアップで問題ないと思うのだが。

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ラッキーにも(?)光がツイートで鳥居みゆきについて触れたのでコメントを。ハッタリ気味に断言すると、大体同世代で光のライバルたりえる女性は彼女位しか思いつかん。我が道を行く割に芸能界に居場所のある希有な存在だが、後20年経てば例えば原作小説脚本監督主演主題歌の映画全体を使って叙述トリックを仕掛けれる位の人間に成長できる筈だ。スケールの大きな仕事には、然し、野心が不可欠なのだが今の彼女には(光同様)ソレがない。礼儀正しくずっとアングラに居続けそうな気がする。天才である彼女が歌手でなく芸人を志した事実に、この国のエンタメ&アートの流れを感じずには居られない。

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ボーナストラック扱いだった事からもキャリア上BVにその座を譲った感のあるFoLOV、WLでも(コチラの"バラード過多じゃね?"という懸念も何処吹く風(←WindBlowsの和訳か)で)演奏されたのはBVだった。件の"自分の好みと距離のある"バージョンを選択したのはファンのニーズに応えての事だろうが、元を辿れば1stアルバムは様々な人々がサウンドメイキングに携わっている為作品全体が"光の好み/クセから距離のある"モノになっていて、ソレが大多数の人々のヒカルの印象を形作っているのだからこのイシューはデビュー時からずっと続いているものといえる―次のアルバムがDistance(距離)なのも示唆的だわね。

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