無意識日記
宇多田光 word:i_
 



この2年間で「オンラインライブ」というものがかなりメジャーになった。昔からニコ生課金してきた勢としては「やっとかよ」というのが正直な感想だったが、理由はともあれ現実に広まったのだからそこは素直に歓迎しておきたい。

で、だ。これだけオンラインライブが有名になったのだから(利用したことがあるかどうかはともかくね)、逆に、オンラインライブを「やると思ってたのにやらなかった」りしたら不満の声が出てきたりするのかな?と。

来年か再来年かまだわからないが、ヒカルもツアーするタイミングがやってくる。その時に、オンライン生中継はあるのかないのか。これの判断が難しい。

宇多田ヒカルは2010年、『WILD LIFE』のコンサートを全くの無料で完全生中継配信した。ネット環境にある人は誰でも観ることが出来たのだ。2時間以上の全編全曲を、だ。太っ腹とかでは済まされない超絶極大大盤振る舞いだった。

何故そんな大胆極まりない事をしたのかというと、この時の事情が非常に特殊だったからだ。同年8月に無期限人間活動突入宣言をし同年内でアーティスト活動をストップさせる旨を発表した。その「暫しのお別れ」を告げる為にコンサートを画策したのだが余りに急な決定だった為確保出来たコンサート会場が平日の横浜アリーナ二日間だけたったのだ。その片方がデビュー記念日だった所がまた強運なのだが、いずれにせよ全国ツアーはできないということで、当然この二日間のチケットをゲットしようと全国から(海外からもか)応募が殺到した。運良く抽選に当たった人は現地で観れたがそれ以外の人は涙を呑んだ。

つまり、そもそも完全生中継を行ったところでチケットの売上が落ちる様な事がなかったのだ。それがいちばんの背景で。そしてヒカルとしては、全国ツアーが出来なかった悔恨もあったのだろう。兎に角観て欲しいということでこのとんでもない企画が通ったようだ。


で。次にヒカルが全国ツアーをしたとして、完全ソールドアウトになるかどうか? こればかりは蓋を開けてみないとわからないが、もしそうなったとしたらまた『WILD LIFE』みたいに完全生中継をする可能性は出てくるわね。ただ、これだけオンラインライブが盛んな昨今、そこは有料配信にしましょうという機運が強く出てくるかもしれない訳で。Netflixあたりが手を挙げてきたらどうする?とかね。11年前とは状況が違うのだ。

配信のタイミングもある。ツアー初日にされたらなかなかいろいろと悩ましいもんね。それは避けてくれるとは思う。出来れば、ツアー最終日が望ましい。そこに至るまでにチケットを購入出来なかった人に向けての生配信があれば非常に嬉しいだろう。さっき付言してなかったが、11年前は「映画館での生中継」も催された。あたしゃ初日はそちらで観て、二日目はチケット当選して現地で観たという、まぁ好運にも程がある贅沢な2日間を過ごせた訳です懐かしい。

2018年の『Laughter In The Dark Tour 2018』では特に関東以北の会場を回らないなど、まだまだ待っているファンが皆宇多田ヒカルを観れたというところまではいっていない。なのでせめてものということで生配信があったらいいなというのはやっぱりあるのだった。もっとも、宇多田ヒカルくらいのビッグネームになればWOWOWあたりでテレビで生中継という可能性も出てくるので、ネット配信に留まらない可能性もある。出来れば、日本国外のファンにもアクセスできる方法が望ましいのだけど、これ、次のツアーが日本国内でなくてアジアツアーとかヨーロッパツアーとかだったら、今度はあたしらが真剣に頼みたくなるヤツになるんですよねオンライン生配信。そんときゃエイリアンは我々の方になる。果たして来年再来年どうなるか。もうプランは立ち始めているかもしれないので動きを注視しておきたい。


追伸:今夜の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン特別編集版」オンエアには間に合わなかったので、リアルタイムで観るのは『最愛』の方になりそうです……こちらも間に合えば、ですけどもねっ。

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今夜は「最愛」の第3話の放送があるんだがその真裏で「ヴァイオレット・エヴァーガーデン特別編集版」の放送もあるんだよねぇ。まぁどっちにせよリアルタイムで観れるかというと微妙なんですが、あの映像美がどれだけの人に訴求するかは知りたいところ。ただ、表現としての格が違い過ぎるので地上波という場では場違い感は否めないかな。だって例えばETVの日曜美術館とか視聴率高いってきいたことないもんねぇ。まだ生まれて数年の作品ですが私の中ではもうとっくに古典です。

今は地上波の番組も無料で見逃し配信視聴が出来るから真裏がどうのとかはそんなに気にならないというか。実況文化にそぐう方が生の視聴に選ばれるかな。「最愛」の場合、リアルタイムで観ずに先にタイムラインを覗いたりしたら途端にネタバレ喰らいそうだもんねぇ。情報密度の濃いままサクサク展開が進むとすればとっとと観ておきたいというのはある。

そして私のバヤイ劇中音楽を聴いきたいのですよ。いつ『君に夢中』のインストが流れるかわからないから。なんだけど、最近のヒカルの曲は幾つものパートから構成されているので、歌メロのアレンジですらそれだと気づけないかもしれなくて。なんならもう流れてるのに気づけてないかもしれなくて! それは若干大袈裟だけど、今後スルーする可能性は大いにある。勿体無いので気をつけていきたいところ。勿論、本トラックがどこでどう使われるかも聴き所。第1話と第2話で使われ方が違っていたので、第3話で方向性が見えてくるかな。どうだろう。

今週からは札幌で聞き取って貰えた歌詞が手元にある状況での視聴になるのでより余裕がもてるかもしれない。そもそもドラマで使われているトラックとショートバージョンではエディットの仕方が同じ保証も無い訳でな。そこらへんを参照するのにも歌詞の存在はありがたい。余談だけどリリカルナンセンスはそういうのすら検索してるんですかね!? しっかり歌詞が反映されていたぞ……。どこの誰がやってるんだあのサイトは。

結局そのショートバージョンは今週Webにアップロードされることもなくこうやって週末を迎えつつある訳ですが、その間のスタッフツイートは資生堂関連のものばかりで、はてさてこれを豪華な二正面作戦とみるべきかどっちつかずのちぐはぐ戦術とみるべきか、まぁ分かれるとこだろうね。『Find Love』と『最愛』。もともとお互いに無関係の楽曲なはずなんだけど、すっかり気分は両A面シングルだわ。あたしの趣味としては1曲ずつ丁寧にリリースしていって欲しいとこだけど、戦略的には2曲同時リリースのニュース性は悪くないのよね。さて実際はどう出るかな。今夜は紫庭の方を録画で観ることにしますかねあたしゃ。(唐突だな!?)

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ふと。次のインスタライブをやるとしたら誰をゲストに呼んだら楽しいだろうなぁ?と考えた。新曲の解禁が不透明なので色々頭が違うとこ行くのよね。

何しろ前回は庵野秀明が来てがっつり話していったもんだから次のゲストは勝手にプレッシャーが凄い。いやそもそもヒカルと一対一で話す事自体がプレッシャーな気もするけれども。


あたしとしては、野球とか関係なく大谷翔平と話してみて欲しい。彼奴のコメント力の高さは異常だ。ヒカルだって毎度ツイートの巧みさは見上げたものだけど、いや彼は本当に何やらしても超一流なんだね。野球に興味のないヒカルと多分宇多田ヒカルに興味のない大谷翔平が対談した時に何が起こるのかみてみたいんだぜ。

……というのは恐らく実現しないのでさておいて。実現しそうな中ではまずは新井順子プロデューサーかな。「最愛」の彼女だ。宇多田ヒカルガチ勢として、ヒカルと会話したらどれくらいキモイ感じになるのかみてみたい。普通の女子会トークになるかもしれませんが。前がタイアップ映画の監督だったのだから次がタイアップドラマのプロデューサーなら話はわかりやすい。

ドラマ関連なら吉高由里子も勿論アリだ。彼女のことはよく知らないのだが、なんとなく会話のテンポが深田恭子に似ている気がする。ヒカルはフカキョンのトークリズムを気に入っていたから吉高とも合うかもしれない。彼女もヒカルを神扱いしてるらしいからいいよね。勿論、ドラマの宣伝にもなるし。

次は小袋成彬くんかなぁ。コ・プロデューサーとしてがっつりサウンドメイクに関わっている彼からヒカルの今の音について一緒に語って貰いたい所。だけどこれはアルバム発売後の方がいいかもわかんないねぇ。荒れる心配?流石にコメントはオフでしょう。

案外無いのが、梶さんとの一対一トークだよね。そもそも過去にあったっけ? 過去の様々なプロモーション活動について思い出話をしてくれたら楽しい。今だから明かせる裏話とかね。23年以上の付き合いなのだから色々あるでしょーて。ただ、梶さんは自分をそんな風に使うのは消極的な方だから可能性は低いかな……やれるやれないなら必ずやれるとは思うんですがね。

あとは、もしタイミングが合えばだが、エルエムワイケイさんがジャム&ルイスとレコーディングしてるとこと繋いでくれても面白いかも。彼らとの旧交も温められるし、RIAとしては格好のプロモーションになるし。ただ彼女だけを出すよりは宣伝感が減って特別感が増すような気がする。


でもまぁ、身も蓋もないことを言えば、インスタライブはヒカルがひとりで出ずっぱりなのが私はちちばん嬉しいのでした。たった今のヒカルに、ひとつでも多くの多彩な表情を見せて欲しいのだぜよ……。

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単なる前回の内容への些細な付言になるが、いつも言っている「輪廻転生の世界観を論理的に反駁するのは難しい」論は、主体としての「私」同士(地球上だけでも70億人以上)の間に何らかの相関があるとしても何ら不合理ではないからだ。輪廻転生とは異なる「私」から「私」へと視点が遷移することであって、記憶の継続は必須条件ではない。たった今その場所から宇宙を観測する何かであればいい。確かに、であるなら遷移自体が無いとしても不都合はないとは言えるが、それはあるとしても不都合ではないので論として形成されていない。結局それらは観測からは決定不能であるとなるが、そもそも観測者は観測される客体ではない。観測不能性はそもそも議論の対象ではないし、そのようなものにも万物の論理は適用され得る。


……とかなんとかややこしいことを言っているが、要は「またヒカルが転生を歌詞に盛り込んできたな〜」からの考察の続きである。『来世でもきっと出会う』。これはいつも通りだがここに『科学的にいつか証明される』まで付け加えてくるとなるとかなり意地になっているというか、ヒカルの中では確定事項だということだろう。転生は、あるのだ。

今回キーワードになりそうなのは、さらにキャッチーなフレーズである

『まるで終わらないデジャヴ』

の箇所だろう。デジャヴ=既視感。初めての場所なのに前に一度来たことがある気がする、とか、この人と会うのは初めてなのに今この人の言ったセリフを聞いた事がある、とかそういった感覚の事だ。これも話を損得で考えるなら、それは未知の記憶の話ではなく、エピソード記憶から日時の記憶が欠落して起こる事でしかない、という答え方になるだろう。つまり、自分には知らない記憶があった!のではなく、持っている記憶が欠けている為に起こる勘違いとエラーなのだと。それはそれでいい。

ではない、とすれば、どうなのか? 先程は「記憶の継続がなくても転生観は反駁できない」とは書いたが、実際には転生時に記憶の断片が継承される事もあるのでは? だとしたら、デジャヴとは、前世の記憶への参照かもしれず、それが『終わらない』というのは、何世代もの転生を繰り返しても思い出され続ける強烈な記憶だからなのでは、と。『君に夢中』なのは、前世の前世の前々々世からずっと2人は出会ってきたからなんじゃないかという主張なのかもしれなかった。ヒカル自身、これから生まれてくる我が子に挨拶される夢を視ているしな。
https://twilog.org/utadahikaru/date-141119/asc

本当のところはどうなのか。歌の全貌を早く知りたいものである。

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※ 今回はコールドプレイとドリーム・シアターそれぞれの最新作の楽曲の歌詞内容に触れますので未聴の方はご注意下さい。(と言っても、実際に気にする読書は一人いるかいないかという程度な気もしますが。ま一応ね。)



10月15日にリリースされたコールドプレイの最新作と22日リリースのドリーム・シアターの最新作、どちらも力作でにんまりが止まらない私。アルバムの発売順はご覧の通りだが先行配信曲としてドリーム・シアターの方が「ジ・エイリアン」という曲を先にリリースしていてね。この曲の構成が秀逸で、おどろおどろしい異星人(the alien)が攻めてくる話か何かと思わせておいて楽曲の最後に「他の星から見れば私の方がエイリアンだ」というコーラスでオチをつけてくれる。いやテーマとしては目新しい訳では無いけれど、サウンドとメロディの構成が秀逸で、これは古典になるだろうねぇ。

その曲に引き続いてコールドプレイの「ヒューマンカインド」という曲を聴いて、同じテーマを扱っていて私は笑ってしまった。「我々はただの人間(only human)だが、別の星では“人類”(humankind)だ。」という。ドリーム・シアターとおんなじやんけそれ、と。

この一致は、さして偶然ではないと思う。まずひとつは感染症禍下で国境が分断されたこと。国を跨ぐ事が大仰なイベントとなり、他の国からやってくる感染者は侵略者同然の扱いを受けるというこの状況。しかし、実はそれは、いつ自分の方が侵略者として他国の検疫に引っ掛かるかもわからないぞという気づきでもあった。地球という同じ星の上で国と国とが相対化された中で皆が思ったことを、エンターテインメントとして歌詞にしたらドリーム・シアターやコールドプレイのような曲が出来上がったのだろう。

もうひとつは、同じく感染症禍で、普段人に会う為に費やしていた時間を一人で過ごすようになった事があるのではないかなと。内省の時間が増え、自分自身との問答に意識が向く中で、果たして「私」という存在は宇宙の中でどういった位置を占めるのか?という問いが浮かんでくるのは、想像力逞しいアーティスト/ミュージシャンなら自然なことだったのじゃないかなと。

「私」というひとつの言葉には、大きく分けて異なるふたつの意味があって。ひとつは、その他の誰か、あなたや彼女や彼や誰やではない私。つまり、何年何月何日にどこで生まれて身長はこんなんで体重はこんなんで何語を喋り趣味は仕事は学歴は……気分は体調は病歴はこれこれこうで……という「プロフィール」の塊のことだ。他者、その他の存在のどれでもないと識別され切った「私」は、確かに宇宙で唯一無二である。

もうひとつの「私」は、宇宙の中心としての「私」だ。その「私」は、たった今まさにここから宇宙をみている、という「主体」/「観測者」としての「私」だ。この「私」はありふれている。少なくとも今地球上に70億人もの「私」がいてそれぞれの居場所から宇宙を感じている。観測している。

ドリーム・シアターやコールドプレイが歌詞の中で「他の星からみれば私たちの方が異星人」という気づきは、この後者の「主体としての私」が宇宙に於いて普遍的であるという視点から生まれている。「向こうから見ればこっちがエイリアン」という「向こうから見れば」の一言は、私は私でここから宇宙をみているけれど、あいつはあいつであそこから宇宙をみているわけで、だからこちらの私はあいつからみれば……というそういう“着眼点”から来ている。視点を、観測者の存在地点を仮想の中で移動している。この「私」は宇宙でもっとも存在を保証された存在だ。コギトエルゴスム。誰かがいないと、宇宙の存在自体が気づかれない。


さて、宇多田ヒカルが今年の7月1日に資生堂の新キャンペーン「POWER IS YOU」への参画を表明した時、美についてこのように語っていた。



『私にとって、 内面の美しさとは、 自分に正直でいる勇気を持つこと。
自信を持つということは、 自分を知り、 自分を信じること。』
宇多田ヒカル
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001956.000005794.html


ここでいう『自分を知り』というのは、今論じた意味で、自らを外から、ここではないところからの視点で眺める事が必要になるのではないかなと、私はドリーム・シアターやコールドプレイの曲を聴きながら考えていた。すると、ドリーム・シアターのアルバムのラストを飾るタイトル大曲の最後の最後の歌詞が、

"Self belief will build a life of legacy"

だったのだ。私なりに訳すなら「自分を信じることが人生にレガシーを築くだろう」とでもなるだろうか。冒頭の「ジ・エイリアン」で「他の星からみれば私の方がエイリアンなのだ」という気づきから始まって、作品の最後を「自分を信じること」で締め括る、というのが、如何にもな構成だなと。それでふとヒカルの「POWER IS YOU」のこの文章を想起したという訳だ。自分を知り、自分を信じる事が自信に繋がるのだと。更にそれが美に昇華される……というのは、なんといえばいいだろうか、このヒカルのコメントって、わかった気になればそれで済むのだが、いざロジックを追おうと思うと途轍も無く長い物語を語らなくてはならない気がしてな。自分を知り、自信を持ち、素直になり、勇気を持ち──さすればそなたは美しい、のか? 冷静に考えると、それは何故なの?説明出来る? とても難しいと思う。今回は長くなったのでここで切り上げるが、折を見てまたこのテーマには触れ直したい。でもきっと、『Find Love』のフルコーラスを聴ければ一発だと思うけどねっ!

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『君に夢中』というタイトルが『Addicted To You』を彷彿とさせたのは、前段に『初恋』が『First Love』を、『誰にも言わない』が『Can You Keep A Secret?』をそれぞれ想起させていたからだった。

だったら、他の曲でも今後そういうシリーズは可能だろうか? 『WINGS』なら「翼」、『Goodbye Happiness』なら「しあわせさんさようなら」みたいな。

でも『Automatic』は難しいよねぇ。「自動」? うーん。「いつのまにか」とかなんか少し捻った訳ならなくもないけど、それで即座に『Automatic』を思い出すかというと難しい。寧ろこの曲はパート2があるんだからパート3が出る可能性の方が高いかな。

UTADA曲だったらどうだろう。『Let Me Give You My Love』に「愛をあげさせて」、『Dirty Desire』に「淫欲」、『About Me』に「わたしのこと」、、、うーん、ありなようなナシなような。『Hotel Lobby』が「ホテル・ロビー」……変わってへんやん。

逆に日本語タイトルから英語曲がインスパイアされないか? 『誰かの願いが叶うころ』が「While your dreams come true」とかだったらアリな気がする。海外じゃドリカム有名じゃなさそうだし。『嫉妬されるべき人生』から『Envied Life』なんてのはシンプルでよさそう。


でもでも。そういう「言語シャッフル」とかをするくらいなら、各国版の『ぼくはくま』を作るのがいちばんいい気がします。

英語:I am a bear
仏語:je suis un ours
西語:yo soy un oso
伊語:io sono un orso
独語:Ich bin ein Bär
…… ……

みたいにね。これで歌詞を書いて歌おう。何を無茶なと言われるかもしれないが、十数ヶ国語で同じ曲をセルフカバーした例もあるし、別に大丈夫なんじゃないですかね。勿論、普段のヒカルの作詞のテンションでは土台無理な作業量になっちゃうんだろうけども。『愛のアンセム』書いた時もフランス語の発音をネイティブな友達に確認してたりしたからね。十数ヶ国語分のネイティブな友達は流石に連れて来れないよな……。

まぁともあれ、グローバルなファンをもつヒカルからすれば、タイトルや歌詞が言語を跨いでいくのは必然。今後も日本語圏や英語圏に留まらない活動に入っていっても何も不思議じゃないだろうね。

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そして今日@Hikki_staffが紹介したのはBARKSの記事。昨日スペイン語イタリア語ドイツ語でアップされていた記事の日本語版という感じ。ふむ、つまり、いよいよなんかが動き出すってことでいいの? これで透かされたらちょっと大丈夫なのかなってなると思うけども。

『Find Love』は依然として資生堂の動画でしか聴けないのだからそれを観に行くしかないんだけど、流石にそろそろ楽曲への悪影響が気にかかる。今後どこかの時点でフルコーラスをリリースしても、特段追っ掛けてなかった人にとっては「今頃?」ってなもんでな。新鮮さがないだろう。殆どのリスナーにとって曲なんてサビの一部分でも覚えてもらえればいい方なんだから、CMで聴いた以上のパートが増えようが減ろうが大した影響は無い。あたしらは勿論大幅に一喜一憂するんだけども。

そういった(大衆音楽としての)磨耗を吹き飛ばすにはエポックメイキングなミュージック・ビデオをリリースするしかないだろうな。資生堂のそれとは全く異なるイメージ、アピアランスが求められる。同じメイク、同じ服、同じカット割りなら「見飽きたCMの焼き直し」にしかならないのだから。

といっても、それを資生堂が許すのかどうか知らん。こっちとしてはアーティストの創造性に制限をかける契約なんて解除してしまえと思うが現実にはこれは世界規模のプロジェクトなのだからいちアンバサダーがナマイキやワガママを言える訳でもないんだろう。やれやれ。

逆に、私は嬉しくないが、一切ヒカルが出てこないミュージックビデオでもいいかもしれない。『真夏の通り雨』なんてそのスタイルでMTVジャパンの年間最優秀ビデオ大賞を受賞したのだ。またやっても何の問題も無い。私は嬉しくないが。念を押すけども。

でも、今のロンドンはどうなっているのやら。先日英国の一日あたりの新規感染者数が5万人を超えたというニュースが流れてきていた。強権的な施策を待つまでもなく、慎重派は自主的に行動制限してそうだわね。一旦陽性判定されたら煩わしいことこの上ないだろうし。いいことなんだけどねぇ医療が手厚いのは。

折角ヒカルもニューヨークにまで足を運べるようになったっていうのにまた市況が逆戻りになるのかしらん。だとしたら残念だわね。

なんでもかんでも喋ればいいってもんでもないけれど、ひとつ事情を説明して貰えるだけで納得と合点のいくこともあるかもしれず。まぁ、あとからまとめてインタビューで語ってくれてもいいけどね。札幌周辺のみんなを羨む日々はまだまだ続きそうですわ。

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昨日の@Hikki_Staffからのツイートは、イタリア語、スペイン語、ドイツ語で資生堂の記事が出ましたよ、というもの。やはりというべきか、反応は芳しくない。「曲の新情報あらへんやないかい!」ってとこでしょうな。

『Find Love』は日本語圏外のファンにとっては2019年1月リリースの『Face My Fears (English Version)』以来の全英語歌詞曲。皆が皆英語が母語でもないものの、流石に日本語よりは親しみ易いという語圏民が多いかと思う。その期待の大きさたるや。

それに、彼らにとって「資生堂」というブランドがどのようなものであるのか。ここも感覚の乖離があるかもしれない。各経済圏でのシェアを把握しないと、これは何とも言えない。

それに、今はグーグル先生が強い。イタリア語もスペイン語もドイツ語も立ち所にあなたの母語に変換してくれる。Twitterもそうだ。「ツイートを翻訳」をタップすれば英語はおろかこちらが何語なのかすら判断できないツイートまでしっかり翻訳してくれる。勿論精度はまだまだだが、それは人間の翻訳だって歴史と人海で発展してきているのだから時間の問題だろう。

とすると、イタリア語やスペイン語やドイツ語で記事が出たといっても、現地のファンがどこまで喜ぶやら、ということになる。つまり、熱心な人は日本語記事の時点でグーグル先生などに翻訳を依頼して記事を読んでいる。そんな人達にとって今回の記事は「もう読んだよ。新しいことは何もないじゃないか」ということだろう。

一方、@Hikki_Staffの方からしてみたら、これをツイートする意義というのは、寧ろイタリア語圏民スペイン語圏民ドイツ語圏民に向けてというより、全世界に向けて、宇多田ヒカルが国際的なアンバサダーとして取り上げられていますよとアピールすることにあるだろう。記事が読めなくても、読まなくても、記事掲載自体にニュースバリューがあるということだ。なので本来ならこれは日本語でもツイートすべきだったのかもしれない。まぁそこはあからさま過ぎても嫌味になるかもだし難しいとこだけど。

ただ、少なくとも、シンプルにイタリア語圏の人達やスペイン語圏の人達やドイツ語圏の人達へお知らせをするというのなら、各国語でそれぞれツイートすべきだったということにはなるわな。機械翻訳でも、逆翻訳でベリファイしておけば大体は安心だろう。

とはいえ、ツイートをひとつにするなら英語になるというのは、実際国際公用語筆頭としての地位にあるのだから当然といえば当然か。


斯様に、このようなツイートひとつとっても、プロモーションの意図やその伝え方伝わり方に考えるべき点が多い。勿論、今回一番考えなければならなかったのは新情報に飢えているファンとリスナーへの配慮”で、それは明らかに足りなかったんだけどね。

SNS喧騒の現代において「沈黙は金」はますます説得力を帯びている。が、それがどこまで金のままでいられるか、“Stay Gold"していられるかというとそこの判断もまた難しい。情報の欠落を前にしてあらぬ噂が立てられる危険性だってある。情報を絞るのも時には必要だが、ほんのひとこと触れるだけで与えられる安心や信頼というものもあるだろう。そこらへんがゆくゆくは『Find Love』の売上自体を左右するかもしれない。お互いよくよく考えていこうぜ。

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さて、前回に続き歌詞についてみていくのでご注意〜。

https://twitter.com/Coriander_power/status/1452133394410737672

キプトラみたいだな、と思った箇所がもうひとつあって。『余裕のある自分が嫌になります』んとこ。キプトラでは『一人が少しイヤになるよ』で、意味は少し違うんだけどね。『君に夢中』の方は自己嫌悪で、キプトラの方はそのあとに『そういうのも大事と思うけど』というフォローが入るから、要はさみしい、心細いと感じる時があるってことだね。

『君に夢中』の方はその前段がどうやら『心の損得を考える』なので、さみしいとか心細いとか、そういう弱めな感情が“持てない”ことに対する嫌悪感よな。ある意味キプトラとは真逆。

『君に夢中』が『Stay Gold』に通じる面があるというのはまずはピアノサウンド、そしてこの、「大人になっちゃった感じ」もあるんだと思う。それだけ大人になって分別がついているのに、それでも“バカになれる”、“狂わせてくれる”のが『君』という存在なんだと。

『ここが地獄でも天国』という部分については、そりゃやっぱり『あなた』を思い出させてくれる訳で。『燃え盛る業火の谷間』が、地獄を連想させるもんね。勿論、タイアップ相手である「DESTINY 鎌倉ものがたり」の舞台のひとつに地獄があったからというのも後押ししてる。

天国と地獄なら、『忘却』にも出てくるけれど、あれは千葉ちゃんの作詞だし、かなり使い方が違うから連想するという程でもないかな。


とはいえ、こういった風に、端々に過去の作詞を思い起こさせてくれるのが今回の『君に夢中』の歌詞の特徴なのかなと、思わされてますわねぇ。はてさて、フルコーラスではどんな印象と感想になってますやら。ほんに、歌詞だけ先に読むというのも、いいもんですなぁ。

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結局週末の間にWebで『君に夢中(ショートバージョン)』が公開される事もなく。このまま一週間札幌のみのプレミア解禁ウィークなのかな〜。札幌エキジビションが終わるのが10月31日日曜日だから、そのあと、明けて11月から晴れて『君に夢中』プロモーション月間開始なんですかね。

などと思っていたら、北海道在住と思しきTwitterのFFさんで『君に夢中(ショートバージョン)』の歌詞を聴き取って(多分)店頭で書き取るなんて荒業を遂行した猛者様がいらっしゃいまして!
https://twitter.com/Coriander_power/status/1452133394410737672

あ、歌詞をまだ知りたくない人はこの日記共々読み飛ばしてね☆



いや〜新鮮な体験だわ。人の手を借りてとはいえ、宇多田ヒカルの新曲を歌詞だけ先に知るってパターン、過去23年弱の歴史の中でも初めてだったりしねーか? 文字だけ読んでメロディやサウンドを想像するこの時間……そうか、ショートバージョンは113秒もあるのか。フルコーラス何秒なんだろうねぇ。

パッと見でこれは一番の歌詞なんだろうなと。ショートバージョンなんだから冒頭からの抜粋で当然でしょと言われそうだけど、『PINK BLOOD』の例があるからねぇ。あれのテレビバージョンはフルコーラスと比較するとやたら変則的だったから。それでやや警戒してた面もあるんだけど、どうやら今回は杞憂らしい。

という風に思ったのも、この場面が具体的な描写だからだ。ヒカルの歌の歌詞には幾つかパターンがあるけれど、基本的なもののひとつに「具体的な小道具の演出から出発して抽象的な主張に結びつけていく」というのがある。『君に夢中』はサビから始まるパターンだが、そのあとのAメロの歌詞が日常のいち場面になっているのでまぁこれはそのまま冒頭の抜粋になっているのだろうなと。いや勿論、歌詞の構成パターンはそれだけじゃないので即断は禁物なのですがね。

あぁ、あと、『Keep Tryin'』も思い出したな。あれもサビから始まる曲で1番Aメロの出だしが『十時のお笑い番組 仕事の疲れ癒しても』で、なんとなく似ている。今回はお笑い番組ならぬ「十時のドラマ番組」なんだけど、そういう時間帯にオンエアされることを想定した歌詞なのかもしれないねぇここ。その肝心のオンエアではまともにここ聴き取れなかったんだが。第3話以降で使いどころがあれば是非フィーチャーしてうただきたいねぇ。

ほんと、メロディもよくわからないのに先に歌詞を読めて「ヒカルらしいなぁ」と囁ける今の状況はなかなかにニマニマできてことによろし。歌詞を書き取ってくれてお疲れ様でした&ありがとうござーました☆

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ぬくぁっ! 札幌エキジビションで『君に夢中(ショートバージョン)』のハイレゾが聴けるのか! 羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい。いいなぁいいなぁいいなぁいいなぁ。

てことで、幾つかパターンは考えていたが「札幌で『君に夢中(ショートバージョン)』世界最速解禁」という結果に相成りました。こういうケース初めてじゃない? ラジオの新曲解禁もローカル局限定とかなかったよねぇ。いや『トレビアン・ボヘミアン』は5局ネットだったからあれはローカルっちゃローカルか。でも、どっちにしても、新鮮だよね。

しかし北海道の今までの不遇を思えばね。2006年8月の真駒内公演以来ヒカルは足を運んでないんだしな。(……だよね?) こんなプチ優越感あったってええわな。

そして名古屋勢涙目っていうね。事前に予想されていたとはいえ。次の企画ではそこをアピールしましょうぜ。前回割りを食ったのだからと!


話変わって。「最愛」の新井順子プロデューサーが声高に「宇多田ヒカルガチ勢です!」と宣言しつつインタビューを受けている。念願叶ってよかったねぇ。問答の内容はこんな感じです。

――初めて「君に夢中」を聴いた時はいかがでしたか?

新井P:「さすが宇多田ヒカル!」って思わず呼び捨てにしちゃう感じというか(笑)。とにかくカッコよくて、サウンド感が一歩先に行っているなと思いました。ただ一方で、曲の構成が複雑だからこそ、ドラマの中でどうやってかけたらいいんだろうって模索するところはありますね。
https://realsound.jp/movie/2021/10/post-886111_2.html


あたしゃこのくだりを読んで思わずツッコんだ。「こんな人間関係が入り組んでて過去と未来を行き来する構成の複雑なドラマ作っときながら“曲の構成が複雑で、どうやってかけていいんだろう?”とかって言う!?」ってね。ヒカルも「ドラマの構成が複雑だからこそ、どんな曲を書いたらいいんだろうって模索しました(笑)」って言いたくなってんじゃないだろうかな。お互い様だよこんなんっ。

いやでも、ホントにヒカルの意図なんだと思うよ。人の心の複雑さ、ドラマの複雑さを曲構成の複雑さで表現しようとした─というか、作ってるうちにそうなっちゃったというか。「最愛」というシンプルなタイトルに対して『君に夢中』というこれまたストレートにシンプルなタイトルで返しつつ、お互いにその内側は複雑極まりないという。ドラマの特質を3分だか5分だかの枠内に封じ込めたんじゃないかと思われる。『One Last Kiss』の曲構成が「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」映画本編のドラマ構成と同型だった件を思い出すわ。

現在のところ、札幌ですらショートバージョンということで、その『君に夢中』の複雑な曲構成を把握はできない。第1話では大分長く流れたけど、構成ってのは時間軸だけでなく空間軸上でも形作られているものだからね。そこもしっかり聴き取れないと論じられないわ。なので、そう、とっととフルコーラスをですね……って、嗚呼、あと何回これを言わないといけないのか! しかも『Find Love』とダブルでな! もどかしさが日に日に募っていきますわ!

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「最愛」第2話無事視聴完了。『君に夢中』はラストに流れたがこれまた劇中だった。エンドロールが無いこういう作品は、制作側が兎に角アイデア満載で時間尺内に目一杯情報を詰め込みたがる傾向が強かったりする。今回もまぁワンカットも目の離せない密度で情報を盛り込んでくれてて、観てて疲れた。推理小説ならその都度立ち止まって読み返せばいいんだけど、テレビドラマの生視聴はそうはいかない。追っかけ再生で出来なくもないけど面倒だしな。これ、Webで実況を楽しみたい人はともかく、ゆっくり内容を理解したい人は録画で観た方が正解なんじゃないだろうか。今はTVerなんかで見逃し配信もあるしね。

とか思ってたら来週は真裏の金曜ロードショーが「ヴァイオレット・エヴァーガーデン特別編集版」の放送じゃねーか! すっかり真裏だという事を見落としておったわ。こういう、どちらも観たい場合は両方リアルタイムで観ずに録画して後からってことが多いのよねぇ私ゃ。「どっちも観たい」というのは「どっちか選べない」だからという偏屈な理由で? まぁ大抵、眠いだけなんだけども。

さて今週はその次の第3話予告動画に『君に夢中』がフィーチャーされている。先週の第2話予告は劇中でも流れた英語の歌だったんだっけね。こうやって公式で、30秒余りとはいえサクッと聴ける状態にしてくれるのは有難い。とはいっても、やはり台詞回しで殆ど聴き取れないのだけれども。リリカルナンセンスは今回のオンエアで新たに歌詞をつけ加えることができるのか? あたしにはわからんかったので楽しみにしておくわね。

こういう、「ドラマ演出の素材の一部」として新曲が扱われている事態はあんまり居心地が宜しくない。いや、ヒカル本人がこういう使われ方を想定して楽曲を作っているだろうから、それはそれで本望なのだろうけど、こっちは元のプレーンな音を知らないからね。この違いは大きい。こっちだってフルコーラス聴いた後ならドラマの中での使われ方に接した時に「上手い具合にやってるな」とか余裕の表情を見せられるのに。こっちは2曲分のお預けを食らった状態でがっついていて最早「お兄ちゃんどいて!そいつ⚫せない!」モードなんで(物騒過ぎるわ)、どうしたってドラマの台詞が邪魔でしかなく。第1話なら視聴者を食いつかせる為に仕方なかったとはいえそれ以降はショートバージョン先に公開しておいた方がお互いの為によかったんでないか。

って、もう2時間余りで札幌ソニーストアが開店するのか。11時からなのね。このままだと初日に行ってもショートバージョン聴けない可能性なくね?大丈夫? 流石にそんなとこで予告を違えてファンをがっかりさせないで欲しいですわ〜。兎にも角にも、もどかしいですわね。

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「宇多田さん自身、作詞作曲をされるとき何を一番大切にしていますか? 是非教えてください」

ヒカルパイセンの回答:「あ、これだ」感

https://sp.universal-music.co.jp/utadahikaru/paisen/


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この回答が凄く好きでねぇ。天才だと思ったよ。いつもの事だけど、この時は特に。曰く言い難い、常々抱いてるんだけどいい言い方が全く見つからなかった感覚にここまで適切な言葉を当て嵌めてくれるとは。言語化の鬼というか女神というか。これ以来あたしは呪文のように口癖のように「“あ、これだ”感」と言い続けている。言い得て絶妙っすよ。

そう、いい曲ってのはなんか「ピタッとハマる」のよね。それまでのウダウダグダグダや有象無象や何やかんやを経て急に、トンネルを抜けたみたいにクッキリと「答え」が現れる。

「答え」というと、どうしても「外側に在って、突き合わせて正誤を確認するもの」というイメージを持つ人が多い。上意下達型だったり輸入型だったりの文化圏では仕方の無いことかもしれない。音楽ですら、売れて初めて他人が喜んで初めて自信が持てるといいますか。いやプロならそれはそれでいいんだけど。

「“あ、これだ”感」は、純粋に内面で起こる。ただ、内面で起こる割に「やっと辿り着いた」という感覚も強い。答え自体はずっとそこに在って、やっと存在に気づけたような、そういう意味での「外部性」が、そこには有る。一方で、「あぁ、これでいいんだ」という価値判断は純粋に内面だけで完結しているような。故に興奮するというより、納得する、腑に落ちる感覚が強い。今まで寝惚けてたのが起きるみたいな、そういうの。

……と、私ならこうやってつらつらつらつらつらつらつらつらと語って説明したくなるヤツを「“あ、これだ”感」の一言に名詞化してくれたんだヒカルは。ホント便利だし、そもそもこの言葉自体に「あ、これだ感」があるのが凄い。二重に凄い。だから揺るぎない名曲が書けるのよねヒカルは。その感覚を確かめるには、ちゃんとした音源で新曲を聴きたいのですよ! このあと「最愛」の第2話が放送され明日には札幌エキジビションスタートなんですが、果たしていつの時点でどこで何が聞けますのやら!

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今日書くはずだった日記を駄洒落の為に昨日書いてしまったので流れが少しおかしいけれども、まぁええか。


「最愛」の新井プロデューサーのインタビューがアップされているけれども、やっぱりこの人は「テレビドラマを観てる人」に対して作っているなぁという印象。テレビドラマだからそれで何の問題もないのだけれど、普段そのテレビドラマを観る習慣が無い私のような人間からすれば少しやれやれどっこいしょという感じがする。頭のスイッチをテレビ向けに切り替えないといけないからね。

今、自分の手に持っているスマートフォンというのは本当に恐ろしい機器で。これがない時代を知っているからこその感慨なんだけれども、小説も音楽も漫画もアニメも映画やコンサート・演劇・イベントの生中継ですらこれ一台で事足りる。そんな機器がずっと手元にあるのだから、普段の生活の中では複数のモードを何度も行き来する。同じ音声コンテンツでも音楽耳だったり落語耳だったり、視覚コンテンツも活字を読む時と漫画を読む時でも違うし、アニメの配信を見る時でも30分ものか2時間の映画なのかで違うし。更にゲームやアプリを楽しむとなるともうやることなすこと山積みに。兎に角兎に角、自然にやっている部分もあるけれど、如何に異なるモードにすんなり入っていかせて貰えるかというのが大事な気がする。

旧来からあるメディアほど、そういうモードの切替に無頓着でな。「テレビドラマを観る人」の中で「次はこう来たか」みたいな侃侃諤諤をやり合うのが楽しいんだろうな、というのは観てて伝わってくるのだけれど、そういうモードに無い人を引き込む力は弱い。地上波テレビというメディアの中でも依然最強クラスの中に居ると、自分たちが内輪ノリでやってるとい意識が持ちにくいのかもな。

それは分断が進んでいるのかもしれないし、洗練が進んでいるのかもしれないし。或いは両方なのかな。こういう時代だから「鬼滅の刃」みたいな親切設計が浮遊層を取り込めるんだ、という話を、前々からしているんだが、それはどのメディアでも同じなので、そこのところを意識したコンテンツがどんどん前に出てくる気はする。


宇多田ヒカルは今年、『One Last Kiss』でどれくらい浮遊層を取り込めたのだろう? 音楽を聴くリスナーを唸らせる新奇性を盛り込むと同時に、スマートフォンの奪い合いの中で、「音楽を聴くモード」にどれだけの人を引き込めたのだろう?と考える。そういうのって、案外アイドルとか声優とかの方が得意だったりするしな。ジャニーズを追っ掛けてたら、ドラマは観るし音楽は聴くし舞台に行ったりグラビア雑誌を買ったりと。まぁアイドルの仕事ってな多岐に渡るから。そのジャニーズ自体は20年間ずっとネットと距離を置いてたけどもね。まぁそれはよう知らん。

ヒカルのような「専属音楽家」ともいうべき立ち位置は、そもそもが音楽リスナーを相手にしている前提で話が動いていくから、余りメディアを跨いでのアピールというのには向いていないのかもしれない。なんだけど、ヒカルってその内輪ノリに非常に拘る一方でそれに留まらない所にも興味があるように思うので、デビュー20周年を超えた現在の次の10年で、「商業音楽の顔役」として、どんなアプローチでメディアを超えていくのかなというのをつらつらと考えていましたとさ。──まぁ例えば、「宇多田ヒカルがワイヤレスイヤホンをつけてたから私も買いました」みたいな、ああいうのだよね。イヤホン買ったら音楽聴くモードが増えるだろう、っていう。今後もそういうタイプのタイアップを期待していきたいですわ。

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「10月23日よりソニーストア札幌で開催される”HIKARU UTADA EXHIBITION“にて『君に夢中』のショートバージョンのハイレゾリューション音源による試聴が展開されます。」
https://www.utadahikaru.jp/news/detail.html?id=534147

一週間前の10月15日にリリースされた公式告知にはこう書かれていた。つまり、今、明後日になったらドラマの台詞に塗れていない『君に夢中』が聴けるのだ、とそう解釈できる。だからこうやってそれなりに落ち着いて過ごせている訳なんだけども。

いや、札幌民限定で世界最速のショートバージョン公開な可能性もなくはない。長い間コンサートにも行っていないのだ北海道には。そういや『Laughter In The Dark Tour 2018』の時には最終日の千葉幕張での音漏れを聴く為に北海道から飛行機に乗ってやってきた方がいらしたぞ。チケット持ってないのに、ですよ。どんだけ渇望感煽ってんねんて話でして。その背景を考えたら新曲のショートバージョンが世界最速で聴けてもそれはそれでという気もするのです。

でもまぁねぇ。普通に考えれば明日の晩あたりにショートバージョンがWeb上でも公開されるよね。身も蓋もないけど。ハイレゾに限って言えば札幌最速は現実味があるか。どうなるか、楽しみだな。


そして、忘れてはならないのが、その公式告知にはこうも書かれているって点よ。

「『Find Love』のショートバージョンのハイレゾ試聴も可能に。」

そう、『Find Love』もなのだ! このまま行くと明日の夜に『君と夢中』と『Find Love』同日公開になるのか!? あクマでもショートバージョンに過ぎないとはいえ。何それ明日夜プチ祭りじゃん。いや明後日早朝かもしれんけど。或いは、ソニーストア開店時刻に合わせる? だったら土曜朝10時だっけ。兎に角、今駅伝の映像とあれやこれやの台詞回しを掻き分け掻き分け聴いているトラックや、アンバサダーたちのドヤ顔に彩られたサウンドが、やっとクリアな音質で聴けるということだわね。

はて、では『Find Love』の方は、ショートバージョンがYouTubeで公開されるとして、一体どんな映像を使ってくるのやら?? 資生堂CM素材をそのまま流用するのか、或いは『One Last Kiss』や『PINK BLOOD』のミュージック・ビデオ撮影時のアウトテイクとかがあるのか……? 『君に夢中』関連のアー写は『One Last Kiss』の時のセッションのものだろうし、そういうセンもなくはないよね。

それに、明後日から札幌でエキジビションなんだから、ソニーストアの大画面で流せる新素材が必要になるんでないかなー。

うぅむ、ほんとこの3ヶ月、公式の動き方が全く読めないまま来てしまいましたからね。もし宇多田ヒカル公式として『Find Love』の音源が、たとえショートバージョンとしてでも公開されるとすれば、やっと資生堂とは別個に本格的に動き出す訳で。長かった。『君に夢中』が素晴らしい出来の予感と確信はもう揺るぎないので、このまま『Find Love』とのタッグでノックアウトして欲しいものですわん。

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