無意識日記
宇多田光 word:i_
 



『40代はいろいろ -Live from Metropolis Studios』のライブテイクは、勿論歌唱の逸品ぶりは大前提として、やはりバックの演奏が卓越しているからこその充実がある。

技術的には、そこまで難しいことはしていない。楽譜に起こしたとしても、難攻不落がそこにあるようには見えないだろう。だが、“こう聞こえるように”演奏するのは恐ろしく難しいのではないかと思う。

言うなれば、「何を言うか」より「どう言うか」に細心の注意を払っているといえる。指先の柔らかいタッチや、ほんの少しのタメ、ほんの僅かな強弱など、人の手による演奏の醍醐味がこれでもかと詰め込まれている。これを機械にやらせようと思うと指定の細かさに気が遠くなるだろう。

兎に角一音一音を丁寧に弾いて、叩いてくれている。今回のこのライブミニアルバム、一聴して「お洒落なサウンドだな」と思った人が多いかとは思うが、お洒落の真髄って周囲への思い遣りと気遣いと気配りなんだなと認識させられる事請け合いだわ。

周りとの調和、主役の立て方、押し引きの細かな加減。どれもが大人らしい心配りと気遣いに溢れている。何百回と聴いてきた『First Love』のアウトロも、この音色、このタッチ、この柔らかさとこの呼吸で弾かれるとまるでニュアンスが違っていて、優しく包み込まれるように曲を締め括ってくれている。オリジナルの『First Love』は「うわぁ、なんか凄いものを聴いたな!」と感動を反芻させてくれるような謂わば“感嘆を宥める終局”だったが、この『First Love (Live 2023)』はこのまま微睡みに誘なってくれるかのような、落ち着いた、包容力の豊かな終局を魅せてくれている。もう随分と彼女の演奏を耳にしてるけど、ルース・オマホニー・ブレイディさん、あんたほんと卓越したプレイヤーだよ。歌心のある演奏をしてくれるぜ。

勿論お馴染みベン・パーカーをはじめとした他の演奏者達も同様に素晴らしい。そして彼女らの演奏におんぶに抱っこにならずに中心で総てを引き受けるヒカルのヴォーカルの見事さといったらない。バックの演奏が丁寧で思い遣りに溢れているのは、ひとえに、ヒカルの歌のスタイルがまさにそれそのもの、丁寧で思い遣りに溢れているからだろう。いろいろな形容の仕方はあるかと思うが、こういうサウンドと歌唱こそが「大人の余裕」なんだと思う。それは何かに依存することなく、油断無く音のひとつひとつに集中することで最終的に生まれる豊潤な余白のことなのだろう。サウンドに溢れる安心感は、そういった集中力の結実にこそ生まれ得た。何よりも、心地好い。人の心がここに表されているなぁと感銘を受けずにはいられない。こういう「大人なサウンド」って、若い人はどう感じるのか、ちょっと訊いてみたいですわねぇ。

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『First Love (Live 2023)』の特徴は、ひたすら「盛り上げない」ことに尽きる。オリジナルのスタジオ・バージョンが王道のラブ・バラードらしいダイナミズムを持っている事を考えるともう真逆と言っていいほどに。

歌のキーを下げ、最少に近い素朴な編成を擁して音数を抑えたアレンジでずっと曲が進むのだからそれはそうなのだが、何よりヒカルが意識的に「抑えよう」としているのが効いている。

例えば2番のBメロ(『あなたを想ってるんだろう』)の後のアドリブ、スタジオ盤では『yeah-y yeah-y yeah』と上昇音で雰囲気を一気に加速させるが、今回の『(Live 2023)』では『nh- nhhhh -nh』と静かに降下させている。抑えようという意識の顕れだろう。

また、2番のサビが終わった後にキーを上げて大サビに突入し更に盛り上げていくのが『First Love』の曲構成上の醍醐味なのだが、この『(Live 2023)』ではキーを変えずに淡々と同じメロディを繰り返すのみに留まる。その間、バックの音数/密度も殆ど変わらない。淡々としたまま曲が終わる。

しかし、だからこそ聴き易くて、優しい。耳にも、心にも。『DISTANCE』から『FINAL DISTANCE』が生まれた時に顕著になったが、リスナーには「重くていいからどんどん感動させて欲しい」という人もいれば「さらりと味わわせて欲しい」という人もいる。後者の場合『DISTANCE』の方が好きだし、『Flavor Of Life』もバラード・バージョンよりレモンのような爽やかさが特徴のオリジナル・バージョンの方が好きだろう。あら今日は『Flavor Of Life』CD発売16周年ね。めでたいな。それはさておき。

『First Love (Live 2023)』も、似たような傾向になるんじゃないか。ダイナミックさに欠けるからと物足りないと思う人も居れば、いやこれくらいが聴きやすくていいのよ、という人もいるだろう。だから出来れば今回は、『First Love』を「王道のバラード過ぎてToo Muchだ」と思ってきた人にこそ聴いて欲しい、というのはある。

実際、あたしはどちらも好物なのだが、こうサラリと最高良質なメロディと絶品の歌唱力を味わえるというのはなんとも嬉しい。すぐに何度もプレイボタンを押せる気軽さはオリジナル版にはあんまりなかったな。なんというか、「立ち食いフレンチ」みたいな感じ? ふらっと何気なく立ち寄れるのに味は凄く高質で美味しい、みたいな。そんな業態あるのかどうか知らんけども。

昨年末にNetflixドラマ『First Love 初恋』が大ヒットし、EPIC/SONYからも『(2022 Mix)』や『(Dolby Atmos Version)』や『(A cappella Version)』が発売され、これでもかと『First Love』の“感動喚起力”を思い知らされてきていたところに届けられたこのニューアレンジは、ともすると“感動疲れ”になりかねなかった宇多田ヒカルリスナーに齎された一服の清涼剤という気がするが、ほぼメロディを変えることのない同じ曲を使ってそれをしてくるっていやなんという音楽家としての力量なのかと。

それに、リスナーとして歳を取ってくると(?)こういう「抑えられたが故の味わい」の方がより泣けてきたりするから困ったものだ。確かにオリジナル版に較べれば地味なバージョンだがその分滋味溢れるテイクになっているんですよ─という決まり文句(単なる駄洒落ですがっ)を使うならここしかないですよねっ!

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