その昔、尾張藩主、徳川宗春は将軍家の怒りを買い、隠居謹慎、死後は墓石に縄が打たれるという恥辱を味わったとか。
死者に鞭打つとはこのことですね。
しかし、なんで死者に鞭を打つんでしょうね?
死人の墓石に縄を打ったところで、ご当人は死んでいるので痛くもかゆくもないでしょう。
あるいは遺族を苦しめて意趣返ししようというのでしょうか。
他に、石川淳が永井荷風の死後、「敗荷落日」で荷風山人を激しく責めていたことを思い出します。
一般には、例え犯罪者でも、死後、その人を侮辱するような言説は控えるのがマナーとされているように思います。
死者に鞭打つことが一種の禁忌になっているのは、恐らくは死後存在への怖れだけでなく、死者は生物学的には生きていなくても、物語としては生き続けているからではないでしょうか。
例えば親が亡くなったとして、子は何かの折に親を思い出し、こんな場合はきっとこんなことを言っただろう、と想像します。
すると親を憶ええている者が存在するかぎり、親の物語としての生は終わりません。
秀吉や信長などは、まさに物語のなかで営々と生き続け、サラリーマンは徳川家康を好む者が多く、経営者は織田信長を好む者が多いなど、現代を生きる私たちの生そのものへ影響を及ぼしています。
それらを直感的に知っている私たちは、死者に鞭打つことを嫌うのでしょう。
さてそこで、脳死。
死者が生物学的に生きていなくても物語のなかで生きていることが自明のことだとしたら、生物学的に生き死にが不明なものを、あえて他の人間の生物学的死を遅らせるために、生物学的に殺してしまったら、物語の生は、どういうものになるでしょう。
当然、臓器提供のための脳死と、心肺停止による死では、どちらを選ぶかでその後の死者の生が変わってくるはずです。
死者の物語としての生を担うのは第一義的には遺族、そして友人・知人などですが、彼らの記憶に暗い影を落とすことになりはしないでしょうか。
生物学的な生を至上と考えるのは、間違いとまでは言わなくても、どこか違和感を覚えずにはいられません。
人の生は、なにも父と母が性交渉して受精したときから始まるわけではありますまい。
その以前、父と母が出会ったときから萌芽しているのでしょう。
さらに父の両親、母の両親がそれぞれ出会ったとき、そのまた両親、その親、どこまで辿るかわからない生命の起源にまで、一人一人の生は遡らずにはいられません。
私たち一個の今を生きる生命は、結局命の元、果ては命の前まで行き着き、塵や芥に帰してしまうしかありません。
死は終わりではなく、物語としての生の第2幕の始まりでもあります。
そのような壮大なドラマが一人一人に与えられている以上、私は機械の部品を取り換えるように、脳死者から臓器を取り出すことに、強い違和感を覚えます。
なお、死生学に関しては、東京大学グローバルCOE「死生学の展開と組織化」の報告書がエキサイティングです。市販はされていないようですが、図書館などで読めると思います。
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!