ルール形骸化で「もらいたい放題」の行政委員
住民訴訟で原告に軍配を上げた仙台地裁の気概
ダイヤモンド・オンライン 【第39回】 2011年12月9日 相川俊英 地方自治“腰砕け”通信記
原告側がめったに勝てない住民訴訟
仙台地裁の判決がイメージを覆した!
住民が行政(自治体)を訴えるいわゆる住民訴訟で、原告側の勝訴となるケースはめったにない。日本の裁判所は行政の違法行為を指摘する住民側ではなく、相手側に軍配を上げるのがほとんどだ。
そうした司法の判断に「結局、裁判官も行政マンと同じお役人にすぎない」と、不信感を募らす住民も少なくない。裁判官が自分たちの訴えをきちんと受け止めず、行政側の言い分をそっくり鵜呑みにしているとの不満である。
住民訴訟はいつも住民敗訴――。そんな半ば諦めの声が全国に広がる中で、誰もがびっくり仰天する判決が飛び出した。仙台地方裁判所が今年9月、ある住民訴訟で原告勝訴を言い渡したのである。
「それほど働いていない人にこんなに支払うのは、税金の無駄遣いだ。そもそも日額制が原則なのに、特別な事情のないまま月額制にしているのは、不当だ」
こう語るのは、「仙台市民オンブズマン」のメンバーで弁護士の齋藤拓生さん。
齋藤さんら「仙台市民オンブズマン」は、仙台市が非常勤行政委員に月額で報酬を支払っているのは勤務実態に合わず不当だとして、報酬の支出差し止めを求める住民訴訟を起こしていた。月にわずか2、3日しか勤務しない非常勤行政委員に、月額約10万から約30万円もの報酬を支払っているのは、違法だと訴えたのである。
これに対し、仙台地方裁判所は9月15日、「非常勤行政委員の報酬は、勤務に対する給付としては著しく不合理だ」と認定し、齋藤さんらの訴えを認める判決を下した。
自治体の中で重要な役割を担う存在でありながら、何をやっているのか住民からはよく見えない部署がある。その代表事例と言えるのが、監査委員会や教育委員会といった行政委員会だ。専門知識が必要とされたり、公正中立な立場が求められる業務を合議制で行なう、自治体の執行機関の1つである。
行政委員会の設置は、法律の定めるところにより、権力の集中を排除する意味もあって、首長から直接の指導や監督は受けない。また、委員は専門家など一定の選任資格が定められ、議会での選挙や同意などによって選ばれる。
「人格が高潔で識見のある者」が就く特別なポストとされた。委員には任期があり、また、自らの意に反して罷免されることはない。職務の独立性を保障しているのである。
市町村に設置される行政委員会は、教育委員会や選挙管理委員会、人事委員会または公平委員会、監査委員会、農業委員会、固定資産評価審査委員会の6種類。都道府県には教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会、監査委員会、公安委員会、労働委員会、収用委員会、海区漁業調整委員会、内水面漁場管理委員会の9種類である。
「日額制」を原則と規定する地方自治法
例外の月額制を逆手に取った行政委員
各種行政委員は一部を除き、ほとんどが非常勤である。また、各委員会には事務局が常設されており、自治体職員が常勤スタッフとして配置されている。彼らが委員の職務を補助する建前となっている。
地方自治法は、こうした非常勤の行政委員の報酬について「勤務日数に応じて支給する」とし、「日額制を原則」と規定している。その上で、但し書きに「条例で特別の定めをした場合、勤務日数によらずに報酬を支給できる」と書き加えている。
この規定は、1956年の法改正で盛り込まれたもので、当時選挙管理委員会や人事委員会などの非常勤行政委員が、常勤職員とほぼ同様に出勤していた実情を反映させたものだ。
各種行政委員を一律で月額制にしたり、法律で個別に月額制するのも妥当でないと考え、自治体の自主性を尊重して条例による例外(月額制)を認めることになったのである。
つまり、非常勤行政委員の勤務実情により、例外的に月額制を採用してよいというのが、そもそもの法の趣旨である。
ところが、である。ほとんどの自治体がいつの間にか原則と例外を逆転させ、非常勤行政委員の報酬を月額制にしてしまったのである。同時に、行政委員のポストを特定団体や議員、自治体OBなどの指定席に変えていった。
まるで、委員にふさわしい「人格が高潔で識見のある人物」が、行政周辺にしか存在しないかのようになっていった。
こうして行政委員と行政の馴れ合い関係が深まり、行政委員の職務は事務局の手の平で踊るだけになっていった。独立した執行機関というよりも、単なる事務局の追認機関に変質していったのである。
行政委員会制度の形骸化、ないしは、御用委員会化だ。もちろん、全国の自治体に共通して見られる現象である。
仙台市の言い分に説得力はまるでなし
勤務実態を丹念に分析した画期的な裁判
仙台地裁の裁判官は、非常勤行政委員の勤務実態を詳細に分析し、その上で判決を下している。膨大な議事録を読み込み、さらには非常勤委員らの証人尋問まで実施した。
これにより、「勤務時間以外に事前準備などに相当の時間を費やす」「本業の活動が制限される」「人材確保の見地から月額制が必要」といった仙台市の主張は、ことごとく退けられた。
なにしろ、当の非常勤行政委員らから「総選挙だからといって大変ということはない」(選挙管理委員)「本業に支障はない」(人事委員)「委員に就任するまで月額報酬制を知らなかった」(監査委員など)といった証言が飛び出したのである。仙台市の言い分に説得力がないことが明らかになったのだ。
原告の齋藤弁護士は「当局が提出した書類や主張だけで判断する裁判官が多い中で、議事録を読み込み、委員の訊問まで行なって勤務実態を丹念に分析した上での画期的な判決だ」と、評価する。
平均勤務日数2.0日で29万8000円?
全国に見られる行政委員のやりたい放題
では、非常勤行政委員の勤務実態とその報酬はいかなるものだったのか。裁判所の認定(06年度から09年度)によると、監査委員(有識者)の月平均勤務日数はわずか2.0日で、月額報酬は29万8000円。日当に換算すると、14万9000円になる。
市選挙管理委員は月平均1.7日の勤務で、報酬は月20万3000円。日当換算で11万9000円となる。会議への出席が主な仕事で、独自に調査や研究を行なうことはなく、会議も1時間程度で終わる。
なんともおいしい仕事ではないか。人格が高潔な人物に対してとはいえ、いったい何のために高額な報酬を支払い続けるのか。その実態を知れば知るほど、疑問が膨らむはずだ。そして、その原資が血税であることに着目すれば、怒りが沸き上がってくるのではないか。
非常勤行政委員の月額制を違法とされた仙台市は、9月27日、日額制では行政委員の成り手がいなくなると思っているのか、判決を不服として控訴した。ちなみに、国の非常勤行政委員は日額3万7000円以内で、各庁の長が定める日当制となっている。
非常勤行政委員は全国の自治体に存在し、そのほとんどが月額の報酬を手にしている。しかし、そうした事実を知らずにいる住民も多く、是非をめぐる議論は一部の自治体にとどまっている。
全国の自治体が早急に改善すべき課題であることは、間違いない。
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