山道を歩いていると、時々カラスがけたたましく鳴くことがある。昨日も木に止まって鳴いていた。10メートルほど歩くと、カラスも付いて来て、頭上で鳴く。歩くと再びカラスが付いて来る。葉の付いた枝を落としたりもする。
あれは去年の今頃だろうか。頭上で鳴くカラスの声が尋常ではない。私が歩けば歩くほど、鳴き方が激しくなる。まるで前には行かせたくないように・・・そのわけは、すぐに分かった。カラスの子供(赤ちゃん?)が目の前の木の枝に止まっていたのだ。距離は2メートル弱。カラスの親は上で、気が狂わんばかりに鳴いている。子供には親の心配が聴こえないのかも知れない。きょとんとして枝につかまり、好奇心のある眼を周りにむけていた。
その無邪気さには勝てはしない。カラスの親も私も・・・
「トム・ウエイツ(TOM WAITS)」を知ったのは、21歳の頃だ。友人のアキラがテープを持ってきた。以来トム・ウエイツのしわがれた声と付き合っている。
仕事から帰り、一人で部屋で飲む酒のBGMはいつもトム・ウエイツだった。北京に留学したときも、内モンゴルに旅したときもトム・ウエイツと一緒だった。
しかし私は熱狂的なファンではない。歌詞も良くは知らない。ただ極上のBGMとして聴いているだけ・・・
一番良く聴いたのが、「クロージング・タイム(上のジャケットご参照)」。A面の1曲目に針を落とすと、静かにカウントが入り、続いてピアノが鳴り出す・・・今でもここを聴いただけで一気に20年前に戻ることができる。あの頃ウイスキーを飲むのに使っていた大口グラスの手触りをまだ憶えている。「ホワイトホース」や「アーリータイムス」の香りは忘れたけど・・・
「クロージング・タイム」のジャケットは、夜を想わす黒で大きく包まれている。ピアノの鍵盤と、トムのシャツと、タバコだけが白く、個をアピールしている。ピアノは夜に溶け、トムの足も夜の黒に溶けている。トムとピアノは、万物をつくるであろう夜に包まれ、同じ存在性を保つ。トムがピアノを越えることなく控えめに観えるのは、彼がそれを望んでいたからかも知れない。
ただ一つ、気になることがある。頭上のブルーのライトがもう少し上に在った方が良いのではないかと。以前は何とも思わなかったのに・・・歳をとったのかな。
このアルバムに入っている「saving all my love for you 」、「 jersey girl」は、酒無くして聴けない名曲。
あれは19歳のころだろうか。中古レコード店で懐かしい「ノーランズ」のレコードを見つけた。ノーランズは中学3年生の頃、友人Rが好きでよく聴いていたのだ。「ダンシングシスター」「セクシーミュージック」「恋のハッピーデート」などお馴染みの曲も入っている。早速彼を家に呼んだ。
Rが到着し、私が得意げにそのレコードを見せると、Rはちょっと照れくさそうな顔をした。そしてポケットからカセットテープを取り出して言った。
「あれ~俺も同じテープを持ってきたぞ!?」
Rが持ってきたのは、私のレコードとまったく同じ曲の入ったものであった・・・
こんな偶然があるのだろうか。中3以降、私達はノーランズの話などまったくと言っていいほどしていない。3、4年間、全く忘れていたものが、二人して同じ時に思い出し、それぞれが同じ日に持ち寄る・・・一体どういうわけだ。
Rはノーランズの「タッチミーインザモーニング」を(英語ではなく)カタカナで歌うのが得意だったが今でも歌えるだろうか。