私の行っている「立つ」健康法と気功は、手段は異なりますが、からだが整うという点では同じなので、今日は少し自己流の気功を紹介します。
ときどき教室で「意守(いしゅ)」の練習をしています。「意守」というのは気功の技術で、からだの特定の部位を意識(軽く集中)することで、気の流れをよくするというものです。「気の流れ」といっても、実感としてはわかりづらく、わかるのは意守をし終えた後のからだの感覚が変わること。全身がまとまる感じがします。頭から足までの各処が同じ方を向いているというか、全身が一つになって動くことのできる準備ができている感じです。
実践では最初に丹田(臍の下)を意守します。30秒〜1分くらい(長くやりすぎると、集中が切れて他のことを考えだします)。次に足の裏の「湧泉(ゆうせん・土踏まずの前の方)」。このとき丹田と湧泉の2箇所を同時に意守すると、結果的に2点がつながり「線」になります(結果的にと言ったのは、先に「線」を想像しない方がいいからです)。丹田と左右の足の湧泉がすべてつながると、丹田を頂点にした二等辺三角形ができます。次に腰にある「命門(めいもん・臍の後ろあたり)」。命門と丹田を同時に意守すると、前後につながりを感じます。それを「線」として感じてもいいし、丹田から腰までの一つのボールのように感じることもできます。命門と湧泉を同時に意守すると、それもまた「線」としてつながります。ここまでの4点(丹田・湧泉(2つ)・命門)を同時に意守すると、それぞれが「線」で結ばれて、一つの立体的な形ができあがります。意守の場処が2点だと「線」になり、3点だと面になり、4点以上だと立体になります。この見えない形を結ぶ「線」は、骨や筋肉ではなく、神経でもありません。「気」というしかありません。「立って」いるときに、その気の形を想像すると、下半身だけにそれを感じます。ここまでできたら、今度は上半身に向かいます。
*上記の方法は、私が自分の体感をもとに作ったものなので、正式な方法ではありません。練習をされるときには、ご自分の感覚を基準にしてされるのがよいかと思います。
ときどき教室で「意守(いしゅ)」の練習をしています。「意守」というのは気功の技術で、からだの特定の部位を意識(軽く集中)することで、気の流れをよくするというものです。「気の流れ」といっても、実感としてはわかりづらく、わかるのは意守をし終えた後のからだの感覚が変わること。全身がまとまる感じがします。頭から足までの各処が同じ方を向いているというか、全身が一つになって動くことのできる準備ができている感じです。
実践では最初に丹田(臍の下)を意守します。30秒〜1分くらい(長くやりすぎると、集中が切れて他のことを考えだします)。次に足の裏の「湧泉(ゆうせん・土踏まずの前の方)」。このとき丹田と湧泉の2箇所を同時に意守すると、結果的に2点がつながり「線」になります(結果的にと言ったのは、先に「線」を想像しない方がいいからです)。丹田と左右の足の湧泉がすべてつながると、丹田を頂点にした二等辺三角形ができます。次に腰にある「命門(めいもん・臍の後ろあたり)」。命門と丹田を同時に意守すると、前後につながりを感じます。それを「線」として感じてもいいし、丹田から腰までの一つのボールのように感じることもできます。命門と湧泉を同時に意守すると、それもまた「線」としてつながります。ここまでの4点(丹田・湧泉(2つ)・命門)を同時に意守すると、それぞれが「線」で結ばれて、一つの立体的な形ができあがります。意守の場処が2点だと「線」になり、3点だと面になり、4点以上だと立体になります。この見えない形を結ぶ「線」は、骨や筋肉ではなく、神経でもありません。「気」というしかありません。「立って」いるときに、その気の形を想像すると、下半身だけにそれを感じます。ここまでできたら、今度は上半身に向かいます。
*上記の方法は、私が自分の体感をもとに作ったものなので、正式な方法ではありません。練習をされるときには、ご自分の感覚を基準にしてされるのがよいかと思います。