檜原村役場の一階に珈琲屋がある。窓際に座ると、いきなり現れる景色に圧倒される。眼の前に山がそびえたっているだけでなく、見下ろすと深い谷の底に渓流「秋川」が流れている。碧水の勢いが大きな岩に当たり飛沫を上げている。
「景色が長い」。いつも見ている風景はおよそ地面から上のものである。ここは下にも景色があるから長い。そのことをもっとも良く実感したのは雨の日だった。空の上から落ちてきた雨滴が、山の前を通る時に初めて視界に入る。山の木々を背景にすることで雨滴が浮かび上がるのだ。そのまま眼の前を通り過ぎてもまだ谷の下へ落ちて行こうとする。ふだん、私の見ていた雨は短い雨だった。