暑い夏が来ると、思い出すことがある。
20代前半のある日、背中にギターを背負って、自転車で多摩川へ行った。土手の下に拡がる広場で歌を唄うために。
しばらくすると、広場の外れに車が数台止まり、ぞろぞろと男臭い連中(建築現場で働いている人たち)が歩いて来た。こんなに大きな広場で、私のいる処に向かってくるのは、ここにだけ木があり、木陰があったからだ。
「兄ちゃん、ここに坐ってもいいかな?」と言われ、「どうぞ」と答える。彼らはすぐ近くにシートを広げ、持参したつまみを食べながら酒を飲み始めた。なかなか良さそうな人たちだなと思い、歌を続ける。
しばらくして、彼らに呼ばれ、「歌を唄ってくれないか」と言われた。咄嗟に、「私がギターを弾きますから、皆さんが好きな歌を選んでください」と言って歌集を渡した。あとは皆が思い思いの歌を唄い、私はその伴奏をした。焼酎の入ったコップを頂き、一緒に楽しんだ。一番貫禄のあるボスが「なごり雪を弾いてくれ」と言ったのはおかしかった。
帰り際、「皆からのお礼だ」と言って、1万円札を渡された。私が返そうとすると、「取っておけばいいんだよ!」と。それからボスが「これは俺からだ」と言って、さらに1万円を胸のポケットに差し込んだ。
私は彼らの後姿を見送りながら、きれいなお金の使い方があることを知った。彼らにとって私は、二度と会うことのない人間であり、「利害損得」の基準で見れば、何もすることはないのである。
普段彼らが、炎天下で流している汗を、頂いた。