窓から裏山を観てみると、木々が紅葉した葉を落としていた。その面白さに惹かれ、暫くそれを眺めていた。枯葉が落ちることを「散る」と表現するが、詩歌に用いられるような物悲しさは、ここには無い。そのダイナミックで優雅な飛行を観れば、葉の一枚一枚の中に生命が宿していることを感じる。彼らは木の枝の先で、飛び立つタイミングを見計らっている。自分の好きな風が来るまでは、じっと待ち続ける。同じ風に乗った葉でも飛び方は一様でない。クルクルと高速回転するもの有り、ゆったりと空気に溶け込むもの有り、いきなり真横に飛び出すものも有り、色々である。
普通紅葉といえば、木に付いた葉を観賞するのが一般的で、道に積もった葉の上を歩くのも趣がある。しかしハイライトは空中に舞う、その刹那にある。数十年間同じ土地に根を張り、成長し続ける木が唯一、動的に自己を表現できる場処と時間は空中である。花火は上がることで人の技術力を示すが、落葉は下に向かって生命の躍動を現す。地上に落ちた後は、再び長い静寂に帰る。